第274話 イタリア上陸作戦(12)
1940年7月4日午前9時
イタリア王宮地下壕
「もはや万策尽きました。日英の無条件降伏要求を受け入れる以外に、このローマを守る手段はございません」
ピエトロ・バドリオ首相は、イタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世に謁見し、モントゴメリーとのやりとりを報告していた。
「首相よ。まずは無防備都市宣言を出して、イギリス軍のローマへの進駐を許してはどうだろう。フランスも、パリの無防備都市宣言を出してから、正式に降伏するまでに時間があった。ローマを守ることを最優先として、降伏交渉を引き延ばせないものだろうか?」
「はい、国王陛下。内閣に於いてそれも検討しましたが、ローマへの進駐を許せば実質の降伏で有り、日英が無条件降伏以外の選択を認めないのであれば同じだろうとの結論に達しました。無条件降伏とは言っても、隷従ではないとのことです。日英主導で憲法の改正を行い、国民議会の選挙を経て民主的な国家を作るとモントゴメリー将軍は言っておりました。民間人への暴行虐殺および、捕虜虐待についての戦争犯罪は日英主導で裁判を開くということですが、王室への戦争犯罪の嫌疑は、明確な証拠が無い限り発生しないと説明を受けました」
「そうか、もう何もかも手遅れか・・」
「はい。海軍と空軍は全滅し、陸軍も日英の爆撃によってもう動ける部隊はありません。開戦以来の戦死者も15万人を越えております。これ以上、イタリアの若者を死なせるわけには参りません」
1940年7月4日10時
ローマへの艦砲射撃開始の2時間前、イタリアは無条件降伏を受け入れた。
――――
「止まれ!」
北アペニン山脈を越えた所にあるウルバーニアの検問所で、数台の乗用車がドイツ軍に止められた。
「私だ。イタリア総統のムッソリーニだ。ドイツ軍司令官に会いたい」
ムッソリーニは奇跡的に、パルチザンに捕まることも無くドイツ軍に保護されることになった。
そして、ファシスト党の残党を集めミラノに於いて『共和ファシスト党』を結成する。
――――
1940年7月6日
宇宙軍本部
「ムッソリーニは北部に逃げたみたいだな。アペニン山脈の北側はファシスト党とドイツの支配下にあるが、あとは適度に圧力をかけて、ドイツ軍を釘付けにできれば成功だ」
高城蒼龍(たかしろそうりゅう)は極上のアッサムティーを飲みながら、机上の巨大な地図を俯瞰している。その地図には、彼我の戦力を模した駒が配置されており、長い棒でそれを動かしながら今後の作戦を練っていた。
「ああ、イタリアが完全に陥落してしまっては、アルプス山脈を挟んでミュンヘンやニュルンベルクまで目と鼻の先になる。ドイツも南からの越境は許せないだろうよ。イタリア北部はどうやっても死守したいはずだ」
森川中佐がアルプス山脈をレーザーポインターで指し示す。
「次は、ドイツの継戦能力を奪う。第一目標はルーマニアのプロイエスティ油田だな。その次は、ルール地方の石油合成工場だ」
第二次世界大戦時のドイツ石油調達は、ルーマニアのプロイエスティ油田と、ルール地方で産出される石炭を原料とした合成石油に頼っていた。
「ああ、ルーマニアのプロイエスティ油田の方が、ルール地方に比べて防御は高くない。とはいえ、かなりの数の新型Bf109が配備されているようだがな。この油田を最初の爆撃で完全に粉砕する」
「護衛の戦闘機はどうする?ドイツはターボプロップのBf109を実用化してきている。高度12,000mでも護衛無しじゃかなりの被害が出るぞ。九九式艦上戦闘機の航続距離じゃあちょっと厳しいな。やはり、九七式戦闘攻撃機か零式戦闘攻撃機を使わざるを得ないか」
「シベリアではソ連軍相手に攻撃をして、もう写真も撮られているらしい。秘匿するのもそろそろ限界だろう。ここは、確実にドイツの石油を止めることを優先しよう」
こうしてルーマニアのプロイエスティ油田を完全破壊する作戦が立案された。
――――
1940年7月6日
シベリア オムスク
ソ連軍滑走路は、爆撃のクレーターを修復した頃に再度爆撃を受け、また、駐機してある航空機も順次爆撃によって破壊されてしまい、航空能力を完全に喪失していた。
そして、ソ連の誇る120mm高射砲もほとんどが破壊されてしまい、日露軍の航空機に対して対抗できる戦力は既に皆無と言って良かったのだ。
「くそっ!くそっ!くそっ!」
ベゲトフは、パンクして斜めになっているソ連製GAZ-AAトラックの荷台で、据え付けられている25mm対空砲を日露軍機に向かって撃ち続ける。この銃座は全て手動ハンドルで動かすようになっているため、車体が斜めになっていると砲の向きを変えるのにも一苦労だった。それでも、奇跡的に日露軍の双発攻撃機に命中させて煙を噴かせることに成功した。撃墜は確認できなかったが、この25mm対空砲で撃退できることを証明して見せたのだ。
「弾込め!何をしている!」
ベゲトフが叫ぶ。この25mm砲は、弾倉が上向きに解放されていて、そこに25mm弾を一発ずつ装填手が落としていくようになっているのだが、弾が発射されなくなってしまったのだ。
砲手が左横の装填手の方を見ると、彼は首をぐったりとうなだれて動く気配が無かった。おそらく爆発の破片を喰らったのだろう。
辺りを見回すが、戦車も対空砲も全てその動きを止めており、もはや生きている兵もいなかった。みんな、泥と一体になって様々な臓物をぶちまけている。
「どうなっているんだよーーーー!」
ベゲトフは空を見上げながら叫んだ。そして、その叫びは嗚咽に変わる。それでも、最後の気力を振り絞って、トラックの荷台にある25mm弾を弾倉に装填していく。人の手で、一度に持つことができる25mm弾は4発程度が限界だ。ベゲトフは生きている者が誰もいなくなった荒野で、大声で泣きながら弾を込める。国土を穢し、戦友を無慈悲に殺した敵を、一人でも多く道連れにする為に。
ベゲトフの頭の上には、日露軍のオートジャイロが何機も旋回していた。それはまるで、死肉を探すカラスの群れのように見えた。
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