第272話 イタリア上陸作戦(10)
1940年7月2日 16時
陸揚げされた155mm榴弾砲の設置が完了した。陸上部隊を前進させるに当たって、砲兵の支援砲撃は必要不可欠だ。その為、最優先で155mm榴弾砲の設置を行ったのだ。
現在、テベレ川河口付近の橋頭堡には、220門にも及ぶ155mm砲が整然と並んでいた。そして、その砲口は20km離れたローマ市街地を睨んでいる。
「発射!」
砲術士官の号令が響く。そして、砲手が点火紐を引くと轟音と共に155mm榴弾がローマに向かって発射された。
「次弾装填!」
榴弾砲を扱う砲兵の半分くらいは、イギリスの植民地であるインドからの兵士で占められていた。
日本との合意によって植民地からの徴兵が禁止されてしまい、給与による募兵となったのだが、イギリスの平均給与以上の報酬が出ると言うことで応募が殺到してしまったのだ。
これは、イギリスにとって嬉しい誤算だった。
前線部隊を植民地兵にすることができ、イギリス人兵の損耗の抑制が期待できた。費用は嵩んでしまうが、イギリス人が死ななければ内閣支持率の低下を防ぐことができるというメリットがチャーチルにはあったのだ。
このイタリア上陸作戦で使用される野砲のほとんどは、日本から輸入した155mm牽引榴弾砲だった。イギリスにも127mmや152mmの榴弾砲があるのだが、いずれも先の欧州大戦以前の物で、射程も十数キロと性能的には満足できる物では無かった。その為、日本から155mm砲を大量に輸入して運用している。
発射された榴弾は、ローマの主要政府施設や駅、確認されているイタリア軍防塁および、“その他の重点目標”に向かって飛翔していく。現在、ローマに展開しているイタリア軍の数はそれほど多くは無いが、戦車隊や歩兵突入の前に、できる限りのイタリア軍を無力化しておきたかった。
それに、砲撃を加えることによって、ローマ市民の避難を促すという意味合いもある。
日英軍はローマ侵攻に当たって、航空機から大量のビラをばらまいた。そのビラには重点的に攻撃をする区域と、攻撃をしない安全区域の地図が描かれている。主な安全区域は、バチカン・ヴェラーノ墓地・ヴォルゲーゼ公園等で、これ以外の場所については一切安全の保証はしないと警告してあった。
日本軍の調査によれば、ローマ市民の半数以上はまだ避難をしていないとのことだった。イタリア政府が避難を妨害しているというわけでは無いのだが、やはり、歴史あるローマを攻撃しては来ないだろうという、根拠の無い思い込みがあるようだ。
その為、この日は朝まで絶え間なく、155mm榴弾砲によって予告している目標に対して砲撃を加えることになった。
その目標の中には、“人が住んでおらず、石やコンクリートで出来た建物が有り、ある程度の部隊が隠れることのできる場所”が含まれていた。
そして、その目標である“コロッセオ”や“チルコ・マッシモ”“カラカラ浴場”などの“2000年前からある古くてオンボロな建物”に対して、大量の砲弾が撃ち込まれることになった。
世界的文化遺産であるローマの遺跡群が粉々になっていくことに驚愕したローマ市民は、先を争って安全地帯への避難を始めたのだ。
――――
ムッソリーニがローマから逃げ出したことにより、ファシスト党は混乱に陥っていた。
対ギリシャ戦で敗北し、リビアとエチオピアを失陥、海軍と空軍は完全に壊滅、そして全土の発電所、鉄道網、橋梁のほとんどを破壊されてしまい、イタリア国民は今や2000年前と同じ生活を強いられている。
そして、国内での軍の移動もままならず、このローマ侵攻にあたって十分な防衛の出来ない事態に対し、国民は既にファシスト党を見限っていた。
1940年7月3日
本来は、この日から戦車部隊と歩兵の進軍が開始される予定だったが、艦砲射撃によって出来た“クレーター”があまりにも多く進軍の妨げとなったため、工兵部隊による道の確保を優先することとし、進軍は一日延期されることになった。
――――
1940年7月3日18時
ここファシスト党本部の地下壕では、ファシズム大評議会が開かれていた。
「ディーノ・グランディ評議員の提案した“ベニート・ムッソリーニ解任決議”に賛成する評議員は挙手を願います」
ここに集まった評議員28名全員、ゆっくりとその右手を挙げた。
「全会一致でベニート・ムッソリーニの解任が決議されました。続いて、新しい首相の指名に入ります。ピエトロ・バドリオ評議員を指名される評議員は挙手を願います」
そして、バドリオ本人を含む28人全員が挙手をした。
このファシスト大評議会での決定事項には拘束力は無いが、ムッソリーニによって議会は停止されているため、ムッソリーニを除いては、事実上国権の最高機関となっていた。そして、大評議会で議決されたこの議案は、すぐにイタリア国王の裁可を得て実行され、ピエトロ・バドリオが首相に就任した。
――――
1940年7月3日22時
「モントゴメリー将軍。ローマから使者が来ております。新たに首相に就任したピエトロ・バドリオと名乗っておりますが、いかが致しましょう?」
白旗を掲げた乗用車二台が、テベレ川河口のイギリス軍橋頭堡にやってきた。そして、その中には新たに首相に就任したピエトロ・バドリオ本人が乗っていたのだ。
――――
「“コロッセオ”や“カラカラ浴場”も壊しちゃったのね。もったいないことするのね」
イタリア上陸作戦の詳報を聞いて、リリエルが高城蒼龍に話しかける。
「あんなのが残ってるから、ローマ帝国の復興とか言い出すんだよ。人の命に比べたら大した価値はない。それに、最終的に攻撃を決定したのはチャーチルだしね」
「そうね。まあ、それにコロッセオはあんまり趣味の良い施設じゃないわね。人間同士を殺し合わせて、それを見て楽しむなんてどうかしてるわよ。生きてるキリスト教徒をライオンの餌にしたりするのよ。見ててほんと気分悪かったわ」
「見てたんだ・・・・。止めなかったの?」
「前にも言ったでしょ。天使は人間に直接干渉できないの。なんとかしてあげたかったけど、どうにも出来なかったわ」
リリエルの表情はちょっと辛そうだった。
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あとがき
みなさん、応援していただきありがとうございます!
購入していただけるというコメントには、涙が出るほど嬉しいです。
表紙を描いて頂ける先生ですが、昭和50年代前半から昭和59年くらいにかけて、富野由悠季氏の作品何作かのキャラクターデザインや作画監督をされたお方です。
私のような、初めて小説を書く人間の表紙を担当してくださるのは夢のようです。
小説の中身より表紙の方が価値が高いかも。
これからも応援よろしくよろしくお願いします!
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