第271話 イタリア上陸作戦(9)

「日本軍の九九式だ!」


 イーレフェルト中佐は小隊の僚機に手で合図を出した。下方に抜けていった敵機とは、既にかなり距離が開いている。今から降下を始めては追いつくことは出来ないだろう。それなら、九九式が上昇に転じて5,000mくらいに達する地点を予測し、そこに向かって速度を上げることにした。


 Bf109は水平飛行のまま速度を上げる。速度700km/hで飛行すれば、一度降下をして上昇してくる九九式に追いつけるはずだ。はずだった。


「な、何でもうあんな所に!」


 下方に抜けていった九九式艦上戦闘機は、その速度を保ったまま上昇に転じ、そしてBf109編隊のはるか前方を上昇して行く。それはさらに高度をとって背面飛行に入り、Bf109の上を通り過ぎて後方上空に移動してしまった。


 九九式艦上戦闘機はそこから機体をひねり、急降下をしながらBf109に襲いかかる。


 新型Bf109であっても、上昇時や旋回時には速度はどうしても落ちてしまう。空気の中を進む以上それは仕方の無いことだった。しかし、あの九九式艦上戦闘機はいったいどうなっているのだ!?旋回中であっても、上昇中であってもほとんど速度が落ちている様子は無いのだ。


「くそっ!なんて速度と機動だ!スピットファイアの比じゃない!無理だ!この新型Bf109でも太刀打ち出来ない!」


 九九式艦上戦闘機のパイロットには、空中戦の速度を常に680km/h以上に保つことが要求されていた。降下速度は800km/h以上、上昇して速度が最も落ちる時で680km/hということだ。この運用によって、敵機に後ろを取られることを防ぎ、反復して一撃離脱を行うことができるようになる。この機動が、いつどんな時にでもできるよう、日本軍のパイロット達は過酷な訓練に耐えてきたのだ。


 ――――


 羽切大尉はBf109をレチクルに捉えて発射ボタンを押し込む。そして、2秒間発射した後に、すぐさま機体を少しひねり離脱する。敵機を横に見ながら下方に抜けていき、適度な距離をとって上昇に転じ再度上空から攻撃を仕掛けた。


 羽切自身、以前の九六式艦上戦闘機に乗っていた頃は、巴戦こそ最高の戦術と考えていた。軽量で旋回性の高い九六式艦上戦闘機であれば、どんな相手でも後ろに付くことができる。そう信じていたのだ。


 しかし、この九九式艦上戦闘機の操縦桿を握った日に、そんな考えは間違いであったと思い知らされた。どんなに巴戦の技量を磨いても、相手の速度が自機より300km/h以上も速ければ、決して後ろを取ることなど出来ないのだ。


 さらに驚くべき事に、この九九式艦上戦闘機の旋回性能は九六式艦上戦闘機よりも良いのだ。もちろん、300km/hほどの極低速なら九六式艦上戦闘機の方が旋回性能は良い。しかし、実際にはそんな低速で戦闘が行われることは無く、400km/h以上であれば明らかに九九式艦上戦闘機の方が旋回性能が上だった。


 そして羽切は徹底的に一撃離脱戦法を磨き上げたのだ。その針の穴を通すような射撃は、例え相手との速度差が500km/h以上あったとしても外すことは無い。さらに、九九式艦上戦闘機の六丁もの12.7mm機銃が羽切の技量を補強してくれていた。


「残弾30か・・・。もう一回が限度だな」


 羽切大尉は2撃目を加えた後、操縦桿を引いて上昇に転じる。そして、最後の攻撃を仕掛けるために、狙えそうな敵機を探す。と、その時、


 ビービービー


 コクピットに警報音が響いた。そして計器板の赤いランプが点滅を繰り返す。


 羽切大尉はその警報を聴いた瞬間、操縦桿を横に倒し、それと同時にペダルを踏んでラダーを操作した。


 機体は羽切の操作によってクルリと横を向き、瞬時に右方向にスライドした。そして次の瞬間、さっきまで羽切機のいた場所を、Bf109の7.92mm機銃弾が飛び抜けていった。


 これは、九九式艦上戦闘機に装備された後方警戒レーダーだ。機体の後方300m以内に敵機が接近したときに警報が鳴るようになっている。


 ※史実でも、後方警戒レーダーはP-51に搭載されるなど、第二次世界大戦中に実用化されていた


「ふうっ・・危ない危ない。油断は禁物だな」


 そして、全弾を撃ち尽くした九九式艦上戦闘機72機は全速で離脱に入った。


 ――――


「何てことだ・・・・」


 離脱していく日本の九九式艦上戦闘機を見ながら、イーレフェルト中佐はどうしようも無い絶望感にうちひしがれていた。


 全滅だけは避けられた。しかし、今この空を飛んでいるBf109は10機ほどしか残っていない。1時間ほど前に700機で出撃し、そして今、そのほとんどがやられてしまったのだ。


「だめだ・・・。現状では日本軍に勝つことは出来ない・・・」


 それは厳然たる真実だった。新型エンジンを搭載し、最高速度が700km/h以上にもなったのに、全く歯が立たなかったのだ。


「このことを、何としてもベルリンに伝えなければ」


 イーレフェルト中佐は生きている奇跡に感謝しながら、僚機を引き連れて帰投していった。


 ――――


「敵の航空戦力は排除した!橋頭堡の確保を急げ!」


 モントゴメリー将軍の指揮する上陸部隊は、順調に陸揚げが進んでいた。橋頭堡の確保とは言ったが、イタリア軍にはもう組織的に抵抗できる戦力は無い。陸揚げされた155mm榴弾砲によってローマ市街を砲撃し、主要な政府施設と防御陣地を破壊、明日には地上部隊を突入させる。


 イギリス軍はロケット砲の使用を主張したが、これは、あまりにも市民への被害が大きくなることを懸念した日本が反対し、その使用は中止されていた。


「日本の行きすぎた人道主義にも困った物だな」


 モントゴメリーは、地上戦に於いても市民の犠牲を最小限にと言う日本の主張に少々辟易していた。攻撃の手を緩めてしまえば、こちらの被害が増大する懸念があるのだ。モントゴメリーにとって、敵国の市民1万人の命よりも自国の兵士一人の方が価値があった。


「日本の天皇の意向らしいですよ。まあ、連中の言うことを無視すると、今後の支援に支障が出ては困りますからね」


 副官がモントゴメリー将軍に返事をする。


「そうだな。我が国の国王陛下も天皇の事を無二の親友と言っているそうだ。それを無視するわけにはいかんか」


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あとがき


先日、一巻分の原稿を出版社に送りました。ストーリーはそのままに、表現を変えたり、読みやすいように工夫しています。


第一巻は「大正期の終わり」までの予定です。


その原稿を元に、編集の方が修正や提案をしてくれるそうです。


そして表紙と挿絵を描いて頂ける先生の所に、打ち合わせに行くことになりました。


私が子供の頃から敬愛している大先生です。本当に大御所の御方です。先生にお会いできると思うと、乙女のように心臓が高鳴ります。


大日本帝国宇宙軍のキャラクターが、どんな絵になるのか楽しみにしてください!

見た瞬間に「あ!あの先生の絵だ!」と50歳以上のアニメファンならわかるはず。

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