第268話 イタリア上陸作戦(6)

「ドイツ軍機が上昇を開始したぞ!敵が高度を上げる前に一撃を加える!」


 イギリス軍ジョニー・ジョンソン大尉は自分の中隊を引き連れて、ドイツ軍Bf109に向かって突進していく。高度はこちらの方が上だ。位置エネルギーを運動エネルギーに変換して速度を上げ、まずは一撃を加えてそのまま離脱をする。これは、日本海軍の教本を参考にして、新たにイギリス軍で確立された戦闘ドクトリンだった。そして、そのドクトリンを実現することが出来たのも、日本軍(宇宙軍)の協力によってスピットファイア(シーファイア)の大改修がされたためだ。


 ジョニー・ジョンソン大尉は、昨年末から始まったこのスピットファイアの改修作業のことを思い出す。


 チャーチル・吉田会談の後、すぐにスピットファイアの改修工事が決定された。そして、日本からスピットファイアの改修部材を満載した輸送船が到着したのだ。


 その輸送船には、2800馬力ターボプロップエンジン800基と、ブローニングM2機関銃が積載されていた。そして、エンジンを換装した場合、エンジンと機体の取り付け部品や、機首を被う外板の形も変わるのだが、そういった部品までもあらかじめ用意されていた。


 まるで、何年も前からこの事を予測して準備をしていたように手際が良かった。いや、あまりにも良すぎるのだ。


 改修が始まった時、スピットファイアはMk.Iが約1,500機稼働していたのだが、その内800機がすぐさま新エンジンに換装された。


 そして、エンジンが強力になったということは、当然そのパワーに耐えることが出来るよう、各部を強化しなければならないが、その補強用の部材や外板まで揃えてある。しかも、一部はジュラルミンではなく、チタン合金を使用しているとの事だった。


 スピットファイアは、この改修によって最高速度740km/h、急降下制限速度820km/h、翼内4丁の12.7mm機銃を手にすることが出来た。


 さらに、その改修作業の指導のため、日本から宇宙軍の技術士官達が多数来ていたのだが、その三分の一くらいが女性士官だったのだ。


 日本の女性は奥ゆかしく、家の外で仕事をするようなことは無いというイメージだったのだが、実際はそうでは無かった。陸海軍には女性兵は居ないそうだが、宇宙軍には実戦部隊にも女性兵が居ると聞いて驚いたものだ。


 ジョニー・ジョンソン大尉は、照準器のレチクルにBf109を捉え、機銃の発射ボタンを押した。


 ――――


「何て速さだ!やはり、日本の九九式艦上戦闘機は侮れんな」


 イーレフェルト中佐は近づいてくる敵機を見ながら、日本の九九式艦上戦闘機は侮れない性能だと再認識した。しかし、まだ距離はあるので会敵するまでにはかなりの高度を稼げるはずだ。


「ん?日本軍機じゃ無い?あれは・・・スピットファイアだと!?」


 敵機が近づいてくるに従って、その機体の形がだんだんとはっきりしてきた。そして、その機体の形は、九九式艦上戦闘機ではなく明らかにスピットファイアの物だった。


「まさか!?スピットファイアがこんなに速いのか!?」


 旋回しつつ上昇をしていたドイツ軍イーレフェルト中佐は、急激に迫ってくるスピットファイア(シーファイア)を見て驚愕する。


 イーレフェルト自身、スピットファイアと戦闘をしたことは無かったが、フランス上空で戦ったハリケーン(イギリス軍戦闘機)はせいぜい500km/hほどだった。スピットファイアのカタログスペックも600km/hほどだったはずだ。しかし、降下しながら迫り来るスピットファイアは800km/h以上の速度が出ている。


「新型エンジンのスピットが配備されつつあるとは聞いていたが、これがその新型か!?」


 イタリア戦線では、日本の九九式艦上戦闘機と英軍ソードフィッシュの組み合わせが多く、スピットファイアの目撃事例はほとんど無かったのだ。


 新型エンジンに換装しつつあるとの情報はあったが、ついにこの戦場に大量投入してきたようだった。


「まあいい!もともと九九式艦上戦闘機を相手にするつもりだったからな!まずはウォーミングアップと行こうか!」


 旋回しつつ上昇していたBf109編隊は、スピットファイアが近づいてきた瞬間、機体をクルッとひねりスピットファイアから見て被弾面積が最小になるような姿勢をとった。これは、一撃離脱戦法で攻撃を仕掛けてくる日本軍機に対しての防御陣形だ。まず、被弾面積を最小にして最初の一撃を躱し、そして、下方に抜けた日本軍機が上昇に転じる瞬間に、内側に回り込むのだ。


 そして、Bf109編隊の中をスピットファイアがすさまじい勢いで通り過ぎていった。イーレフェルト中佐はスピットファイアの機動を予測し、その内側に入り込む。スロットルを全開にし、豊富なエンジンパワーでどんどん加速をしていく。Bf109はスピットファイアに比べて翼が小さいため、急降下における加速と急降下制限速度はスピットファイアより上だった。


「よし!もらった!」


 イーレフェルト中佐はレビ照準器の向こうにスピットファイアを捉え、機銃を発射する。


 ――――


 1939年2月

 鹿島宇宙軍基地


 数機の民間輸送機が、この鹿島宇宙軍基地に着陸してきた。そして、その輸送機から、一人の小柄な老人が降りてくる。


「よお!高城(たかしろ)!注文の品、持ってきてやったぜ」


「良く持ってきてくれた、じいさん。手に入れるのは大変だったんじゃないか?」


「イギリスの最新鋭戦闘機だからな。ま、地獄の沙汰も金次第よ。わしの商売台帳には仕入れ不可能なものはないぜ。金さえ出すなら自由の女神だって持ってきてやる!」


「そりゃ頼もしい。じゃあ、あのハンガーの中に下ろしてくれ」


 輸送機には、分解されたスピットファイアMk.Ⅰが入っていた。そして、この機体をベースに、改修用部品の設計と製作に取りかかった。

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