第269話 イタリア上陸作戦(7)
「よし!もらった!」
イーレフェルト中佐は、レビ照準器の向こうにスピットファイアを捉え、機関砲を発射する。
翼内に装着されたMG FF/M20mm機関砲が火を噴き、その光る弾道はスピットファイアに近づいていく。だが、もう少しで命中という瞬間、スピットファイアはひらりと機体をひねり躱してしまった。そして、スピットファイアは800km/hという急降下制限速度限界近くで上昇に転じる。
「チッ!逃がすかよぉっ!」
イーレフェルト中佐は操縦桿を引きスピットファイアを追いかけた。降下速度ではこのBf109がスピットファイアを上回っている。この優速を保ったまま内側に回り込めば、必ず仕留めることが出来るはずだ。
「くっ・・・くそっ・・・・」
急上昇に転じたBf109にはすさまじい遠心力がかかり、イーレフェルトをシートに押さえつける。
遠心力によって顎が下がってくる。呼吸も出来なくなってきた。視界もだんだんと暗くなってきてしまった。その遠心力は重力の7倍に達しようとしていたのだ。
イーレフェルトはその加速度に耐えながら、目の前のスピットファイアを追い続ける。なんとかレビ照準器に収めようとするが、旋回角があきらかにスピットファイアの方が小さく捉えることが出来ない。
同じ速度で旋回角が小さいと言うことは、スピットファイアの方がより強い遠心力がかかっているはずだ。
「くそったれ!なんであいつらはこの遠心力に耐えられるんだ!」
Bf109は、E-4型をベースに新型エンジンに換装されている。それに合わせて機体の強化も行われ、10Gまで機体の耐久性が向上していた。しかし、操縦しているパイロットはその遠心力に耐えることは出来ない。イーレフェルトは訓練の結果、7Gまでは耐えられるようになっていた。それにも関わらず、あのスピットファイアのパイロットはそれ以上の遠心力に耐えている。
――――
ドイツ軍Bf109の大部隊に一撃を加えたジョニー・ジョンソン大尉は、敵編隊の間を通り抜け、一度下方に抜けた。そして追撃してくるBf109を躱し上昇に転じる。
どうやら最初の一撃では、それほどの命中弾を出すことは出来なかったようだ。射撃をする瞬間に、Bf109は機体をひねって被弾面積を少なくしていた。日本軍の一撃離脱戦法を良く研究している成果だろう。
「さすがドイツ軍の精鋭だな!だが勝負はこれからだ!」
ジョニー・ジョンソン大尉は急上昇に転じる機内から、バックミラーで後方のBf109を確認する。必死で追いかけてきているようだが、明らかにこちらの旋回角の方が小さい。
この時、ジョニー・ジョンソン大尉の体には9Gもの遠心力がかかっていた。今までなら、この遠心力に耐えることなど不可能だった。しかし、日本軍から提供された耐Gスーツによってかろうじて脳への血流を維持している。さらに、英軍のパイロット達は、日本軍の指導によって加速度に耐える特殊な訓練も受けていた。L-1動作とM-1動作という呼吸法を基本とした訓練だ。これは、航空宇宙自衛隊で導入されている耐G訓練をそのまま流用したものだった。
ジョニー・ジョンソン大尉の編隊は高度をとった後、大きくらせんを描くようにドイツ軍機の後方に回り込む。それを察したドイツ軍機は上昇を止めて、後ろを取らせないよう機体をひねって回避行動をとった。
しかし、高度も速度もスピットファイアの方が上だ。逃れようとするBf109に対して12.7mm機銃を撃ち込んでいった。
Bf109の機関砲は20mmであり、スピットファイアの機関銃は12.7mmなので、一見スピットファイアの方が不利に思えるが決してそうでは無かった。
20mm機関砲は当たれば威力はすさまじいが、初速は12.7mmより遅く弾道性も悪い。さらに連射速度も遅い。つまりブローニングM2 12.7mm機銃と比べて当たりにくいのだ。さらに、Bf109に搭載されたMG FF/Mは1門60発しか装弾数が無く、あっという間に撃ち尽くしてしまう。それに比べ、スピットファイアの方は1丁当たり600発も装弾してあるのだ。
――――
「スピットファイアのくせに、何て性能だ!」
イーレフェルト中佐は、新型エンジンを搭載したこのBf109であれば、日本の九九式艦上戦闘機とも良い勝負が出来、イギリスのスピットファイアなど敵にはならないと思っていた。しかし現実はどうだ?九九式艦上戦闘機とやり合う前に、スピットファイア相手にこんなに苦戦するとは想像もしていなかった。
機数は我々ドイツ軍の方が多いので、まだ全滅と言った状況では無いが、キルレシオは明らかに1対2程度になっている。それに、撃墜こそされてはいないが、被弾している機がかなりあるようだ。燃料タンクとエンジンさえやられなければ飛行することは出来る。しかし、穴の空いた翼では最高速度も機動性能も下がってしまう。もう十分に戦うことは出来ない。
「どうする?20mmを撃ち尽くしてしまえば、7.92mm機銃しかない。パイロットに当てることが出来れば撃墜も出来るが、そこ以外だと難しい。7.92mmは2,400発あるが、この豆鉄砲でどれだけ戦える?」
とはいえ、後続のJu87の爆撃を支援しなければならないので、ここで退却をするという選択肢はない。無線も通じないので体制を立て直すことも容易ではない。
イーレフェルト中佐は、自身の見通しの甘さを悔やんでいた。
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