第262話 シベリア決戦(12)

 ソ連軍のBT戦車隊を指揮するサーロフは、じっと正面を見据えている。日露軍の航空機による攻撃からなんとか被弾を免れた。味方の車両は半数以上が撃破されてしまったが、それでも見回すだけで100両以上は進軍を続けている。そしてBT戦車の後ろからはT34を中心とした、中戦車や重戦車がついてきているはずだ。


 あの強固な日露軍の戦車部隊に、自分たちがなんとしてでも突破口をこじ開けて後続部隊に繋げなければならない。我々が全滅することは既に決定事項だ。例え全員戦死したとしても、ここで日露軍を止めなければ愛する国土が蹂躙されてしまう。この赤い大地を汚す帝国主義者どもに我々の意地を見せてやるのだ。


「もうすぐ敵の補給地点だ!怯むな!全速で進め!」


 サーロフは大声で叫ぶが、もちろんその声は車内まで届かない。それは自分自身に言い聞かせるように叫んだ言葉だった。


「なにっ!」


 サーロフの右側を走っていたBT戦車が、突然“ガンガンガン”という音と共に急旋回したかと思ったら、その勢いのまま横転してしまった。どうやら片方の履帯が切れてしまい、右側だけ急ブレーキがかかったようだ。軽量戦車とはいえ、15トンもある物体が時速60kmで横転する姿は迫力がある。


 そして、周りでは次々にBT戦車が被弾し黒煙を上げ、爆発し停車していった。


 さっきまで上空から攻撃をかけていた日露軍の攻撃機は、弾薬が切れたのか既に撤退していた。あの航空攻撃からなんとか生き残ったと思った矢先に、友軍戦車が撃破されていく。


「くそっ!敵は何処だっ!」


 サーロフは辺りを見回し、この部隊に向かって飛んできている曳光弾を発見することができた。


「敵は右側だ!」


 サーロフは叫びながら操縦手の右肩を蹴った。エンジンの轟音が響く車内では、どんなに大きい声を出したとしても伝わることはない。その為、方向の指示は操縦手の肩を蹴ることによって伝えるのだ。


 右肩を蹴られた操縦手は、少しずつ右に旋回を始める。このBT戦車は時速60km近い速度で疾走している。この速度で急旋回をするとすぐに横転してしまうのだ。そして、車長のサーロフは手を振って右旋回することを他の戦車に伝える。それに気づいた他の戦車達も右に旋回を始めた。


「距離は1,500mだ!あと1分半で突入できる!」


 あと1分半、奇跡的に弾が当たらなければ混戦に持ち込める。補給中の部隊ほど脆弱なものはない。必ずや帝国主義者どもに一矢報いてやる。


 サーロフは前方の敵を睨みながら、その口角を上げていた。強大な敵を目の前にして高揚していたのだ。もうすぐ自分は死ぬだろう。それでも、日露軍にクサビを打ち込むことができる。そうすれば、後続のT34戦車隊が必ずや連中を打ち破ってくれるはずだ。捨て駒にされる運命であっても、それでいい。サーロフは自分自身に与えられた任務に誇りを持っていた。


「!?」


 その時、サーロフの視界の左端に多数の発光が見えた。そして、その発光の方向に顔を向けようとした瞬間、激しい衝撃と共にサーロフは光りに包まれてしまったのだ。


 ――――


 弾薬を補給した九六式主力戦車は、準備が出来た車両から順次前進を開始していた。そして補給陣地から3kmほど進んだところで、進行方向を変えているソ連軍戦車を発見した。


 九六式主力戦車は前進しながら発砲を開始する。敵戦車との距離は2,000m少々だ。これなら走行間射撃でも命中弾を出すことが可能だった。


 ソ連軍BT戦車隊は、九七式自走高射機関砲と九六式主力戦車との十字砲火を浴びることになり、全車両完全に破壊されてしまった。


「先行していたソ連軍戦車部隊は撃退した。後続のソ連軍戦車に向かって前進!」


 ――――


「転進させた戦車隊がどうなっているかわからないのか!」


 総司令のロコソフスキーは司令部壕の中で叫ぶ。しかし、無線が完全に封鎖されてしまっているため、目視できる範囲と有線電話が敷設されている場所の状況しかわからない。地上には日本軍からの榴弾砲やロケット弾が雨のように降り注いでおり、とてもではないが外に出ることは出来ない。有線電話からは、味方の榴弾砲が破壊されつつあるという報告だけが入っていた。


 後背に回り込んだ日露軍戦車部隊に向かって榴弾砲を撃ち込むことが検討されたが、長射程の榴弾砲は、壕を掘ってその中に設置してあるため、大きく向きを変えることが出来なかった。そして、向きを変えることの出来た小口径の榴弾砲では、予測される日露軍補給陣地は射程外だったのだ。


 “T34の85mm砲を何発当てても破壊できない戦車、近寄る航空機を100発100中で撃墜するロケットに対空機関銃、音速を超える戦闘機に爆撃機・・・・・。こんな連中とどう戦えばいいんだ!!”


 ロコソフスキーはテーブルを拳で激しく殴りつけ、戦場の地図を睨む。その顔には、どうすることも出来ない焦りといらだちが浮かんでいた。

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