第261話 シベリア決戦(11)

 兵器がどんなに進化したとしても、現状では弾薬の補給は人力に頼るしかない。九六式主力戦車の砲塔ハッチを開けて、そこから一つずつ砲弾を運び込みセットしていく。105mm砲の重量は一発20kgほどもあり、屈強な兵士にとっても十分に重く、取り扱いには細心の注意を払わなければならなかった。また別の戦車兵は、長い棒に布を巻き付けた掃除用具で砲身の掃除をしている。みな、自分に与えられた仕事をこなすことに集中していた。


「いそげ!九九式襲撃機が敵戦車を足止めしている間に補給を完了させろ!九七式自走高射機関砲(通称ガンタンク)部隊はソ連軍戦車部隊の側面を突ける位置に移動だ!」


 補給地点まで後退した九六式主力戦車は、整備兵によって簡易な検査がされる。完全に動けない車両は無かったが、履帯が損傷して切れかかっている車両や、ペリスコープや赤外線カメラが損傷している車両もある。こういった車両は、前線で立ち往生してしまう可能性があるため、再出撃が禁止された。


「西少佐!動ける戦車は合計で320両です。あとは修理を要するとのことなので後送させます」


「わかった。深夜からずっと戦闘続きだったからな。休めるものは10分だけでも目を瞑っておけ。15分後に再出撃だ!」


 ――――


「何としても敵の補給が終わる前に攻撃をかけるぞ!」


 ソ連軍戦車部隊は、日露軍が補給をしていると思われる地点を目指して全力疾走していた。新型のT34は走破性は高いのだが、重量があるため高速戦車という訳ではない。しかし、軽量なBT戦車は平坦な草原であれば70km/h近くの速度を出すことが出来る。しかも軽量なのである程度の湿地でも走破することが出来た。


 もちろんこのBT戦車は軽量であるため装甲は薄いのだが、重装甲のT34やKV1でも簡単に撃破される以上、日露軍の戦車に対して装甲はほぼ無意味であるということだった。それなら快速を活かして、補給中の日露軍を急襲し乱戦に持ち込み、少し遅れて到着するT34が日露軍戦車の側面を攻撃できるようにお膳立てをする事が求められた。


 ――――


「前方にソ連軍戦車部隊!数はおよそ1,000!これより攻撃に入る」


 ロシア軍の九九式襲撃機が飛来し、その35mm機関砲で攻撃を開始した。まずはソ連軍戦車隊の最前列を快走する車両に狙いを付けて攻撃を開始した。そして、BT高速戦車が次々に撃破されていった。


 しかし、前列を走る戦車はかなり速度があり、前回の攻撃より明らかに命中率が下がっている。しかも、ソ連軍戦車は回避行動や反撃を行うこと無く、一直線に補給地へ向かっている。まるで上空にいるこの九九式襲撃機が見えていないかのようだった。


 その鬼気迫る進軍に対して、ロシア軍パイロットは恐怖を感じる。


 ――――


「怯むな!とにかく前進だ!上空からの攻撃など無視しろ!どうせたいした反撃は出来ん!」


 ソ連軍戦車部隊は、上空からの攻撃を無視して進軍を続けた。砲手も操縦手も視界は限定されており、外の様子などわからない。上空から攻撃をされている事がわかるのは、砲塔から上半身を出している車長だけだ。周りでは、次々に友軍戦車が爆発を起こしている。35mm砲弾が周りの戦車に着弾した際の破片が飛んでくる。しかし、そんな物に怯むこと無く車長は前進を命じていた。みな覚悟を決めていたのだ。


 ――――


「ソ連軍戦車、前方4kmまで接近!あと5分ほどで補給陣地に突入されます!」


 主砲弾を20発補給できた車両から布陣を整えつつあったが、まだ絶対数が足りない。九九式襲撃機の攻撃をどれくらいかいくぐってくるかはわからなかったが、補給部隊のいるこの陣地に突入されたら大混戦となってしまう。西少佐としては、何としてもそれだけは避けなければならなかった。


「残弾が10発以上ある車両はすぐに動け!弾種は何でもいい!何としてもソ連軍戦車を止めるんだ!」


 この補給陣地はソ連軍方面から見ると、ちょうど林の陰になるように設営した。さらにカモフラージュネット等で欺瞞をしているので、かなり近づかないと正確な位置はわからないはずだ。しかし、万が一気づかれて戦車砲の曲射をされてはやっかいだった。


「くそっ!戦車部隊で特攻を仕掛けてくるとはな・・・」


 西少佐は戦車を降り、簡易天幕の下でパソコン画面を見つめている。画面には刻々と近づいてくる敵戦車部隊の位置が表示されていた。


「西少佐!自走高射機関砲部隊から入電!布陣を完了!2分でソ連軍戦車側面への攻撃を開始する。注意されたし!」


「布陣が間に合ったか!ありがたい!」


 この自走高射機関砲は、九六式主力戦車の車台に35mm機関砲二門を装備した対空機関砲車両だ。主力戦車と異なり十分な装甲が無いため、戦車部隊の後方をついていく場合が多い。今回も、今朝の戦闘でソ連軍航空機を完全に無力化したので戦車部隊の後ろをついてきていた。そして、この急襲にあたって、ソ連軍戦車部隊の側面を攻撃できる位置に布陣したのだ。


「目標、前方のソ連軍戦車!発射!」


 進軍してくるソ連軍戦車部隊の右側面に布陣した九七式自走高射機関砲が、一斉に射撃を開始した。レーダーとレーザー照準によって正確に狙い、そして、確実に一両一両に当てていく。一回の射撃は2秒程度だ。そしてすぐ次の戦車に照準を移し、また2秒間発射する。放たれた35mm弾は、そのほとんどがBT戦車に側面から着弾し確実に穴を開けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る