第257話 アウシュビッツ
1940年5月初旬
宇宙軍本部
「高城大佐。ポーランド南部のオシフィエンチム市郊外の衛星写真です。大規模な収容施設のようですね」
写真には、元々あったポーランド軍の兵舎を中心にして、周りの農地をつぶして整然と作られた建物が何百と写っていた。そして、それは今も急ピッチで建設が進んでいる。
「アウシュビッツだな・・・・」
史実では、ポーランド侵攻から5ヶ月後にアウシュビッツの建設が決定され、さらにその4ヶ月後から収容が開始されている。そして、実際に大量虐殺が始まったのは、ドイツがソ連に侵攻した後だと言われている。
※諸説あり
「今は、ユダヤ人達は各地の強制労働施設に収容されているが、さらにユダヤ人の人数が増えることを見越してだろうな。ソ連侵攻が近いと言うことか・・・」
現状ソ連軍は、日本との戦争のためその大部分がシベリアに移動している。そして、日英軍はまだフランス再上陸の準備が出来ていない。ヒトラーがソ連に侵攻するとすれば、今が絶好のタイミングだろう。
“史実通り、ヒトラーはソ連になだれ込むのか・・・。人間を虐殺すること自体が目的なんだから、それも当然だな”
宇宙軍で策定した戦争計画では、早期にソ連を撃滅し、日露軍をポーランドにまで進軍させてドイツの東方拡大を防ぎ、そして、日英合同軍によってフランスから再上陸を果たしドイツを挟撃するはずだった。
しかし、現実にはまだシベリアでの戦闘を行っているまっただ中であり、順調に戦線が推移したとしても年内でのソ連撃滅は難しい状況だ。
ドイツがソ連領になだれ込んでくれればそれだけソ連の撃滅は早くはなるだろうが、それではおそらく白ロシア(ベラルーシ)やウクライナで大量虐殺が発生してしまう。
ドイツのソ連侵攻を防ぐためには、それほどの手段は残されていなかった。
「やはり、ドイツの戦力を西方に向けるしか無いか」
――――
1940年5月 エジプト
「10時の方向敵戦車4!距離2,000!」
「よし!良く見つけた!外すなよ!撃てっ!」
砲手がHハンドルとボタンを操作し、液晶ディスプレイに表示される敵戦車をロックオンする。そして発射ボタンを押し込むと、砲手の顔のすぐ右側にある105mm主砲のチェンバーが轟音を立てて駐退し、主砲弾が発射された。そして、自動装填装置によってすぐに装弾され、初弾発射からちょうど4秒で次弾が発射される。
「全弾命中!撃破4!」
車長が目の前のディスプレイを確認し、戦果を叫んだ。
発射された105mmAPFSDS弾は、2,000mの距離にもかかわらずほとんど弾道軌道は描かない。ほぼ一直線に目標に向かって飛翔し、確実に仕留めることができた。
「西住大尉。我が精鋭達の仕上がりはどうですか?」
「これはモントゴメリー中将閣下。わざわざお越し頂いたのですね。ご覧の通り、ものすごい速度で練度は向上しています。これならすぐにでも実戦投入できるでしょう」
日本とイギリスとの第四次日英同盟が締結されたため、イギリス軍に対して九六式主力戦車が供与されることになった。そして、このエジプトに於いてイギリス軍戦車兵の訓練がされているのだ。
「しかし、日本の九六式主力戦車の勇姿は美しいですな。これほどまでに洗練された戦車を、いや、こんなに美しい“機械”を私は今まで見たことが無い。日本の協力には感謝いたします」
日英同盟締結の後、ヨーロッパ大陸への再上陸作戦に当たって、日本から主力戦車の提供が決まった。今までの日本海軍との共同作戦で日本の技術力が優れていると言うことは理解していたが、それは海に囲まれた海軍国であるが故、艦船と航空機の技術が向上したのだろうと考えていた。陸軍国ではない日本軍の開発した戦車がそれほど役に立つとは思えなかったモントゴメリーであったが、陸揚げされた九六式主力戦車を見て腰を抜かすほど驚くことになった。
九六式主力戦車の情報漏洩を恐れて、日本軍は実物が到着するまでイギリス軍に詳細な情報を提供していなかったのだ。ただ、イギリスが現有するどの戦車よりも巨大で装甲が厚く、火力も上だと伝えられていた。しかも、速度は時速70km以上出るらしい。
モントゴメリーは、確かにあれだけの空母と戦闘機を作ることのできる日本なら、かなり高性能な戦車が作れたとしても不思議では無いが、さすがにそれは言い過ぎだろうと思っていた。大きくして装甲を厚くすれば当然防御力は高くなる。しかし、その分鈍重になるにも関わらず速度が向上しているという。それならば、いったい何馬力のエンジンを積んでいるというのだ?現在イギリスでクロムウェル戦車用に開発中のミーティアエンジンは、最高出力600馬力を目指している。それでも、30トンの戦車を時速52kmまでが限度なのだ。
しかし、実際に九六式主力戦車が陸揚げされその走行する姿を見た瞬間、モントゴメリーは事前に伝えられていた情報が誇張では無いことを理解した。
「なんという大きさ!なんという速さ!そして何と美しい姿!」
しかも、そんな基本性能だけでは無く、射撃についてもモントゴメリーの常識を遥かに超えるものだった。
日本の艦船の射撃精度が高いことは知っていた。しかし、それはレーダーと計算機による成果であって、それを戦車という限られたスペースで実現出来るとはとうてい思えなかったのだ。しかし、日本の主力戦車はそれを成し遂げていた。しかも、1台の戦車が同時に8目標まで捕捉し撃破できると言うことだ。そして、C4Iシステムというものによって、瞬時に敵の位置が他の戦車と共有され、自動的に目標を割り振るらしい。
さらに、正面装甲は均質圧延鋼板換算で800mmもあるという。こんな装甲を撃ち抜くことができる対戦車砲などこの世に存在しない。これは、まさに無敵ではないか!日本軍は、こんな戦車を隠していたのか!
「これなら勝てる!すぐにでもドイツを滅ぼしヨーロッパを取り戻せる!」
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