第253話 シベリア決戦(8)

「敵機の高度、16,000m!まだ上昇しています!」


「なんだとっ!そんなバカなことがあるか!正確に測距しろ!」


「間違いありません!高度16,000m以上です!」


 確かに肉眼ではほとんど発見することが出来ないほど小さい。高度は10,000m以上はありそうだが16,000mというのは想像の埒外だ。これでは、最高到達高度17,000mを誇る120mm高射砲でも命中弾を出すのはほぼ不可能だ。


 そして、しばらくするとすさまじい数の爆弾が降り注いできた。深夜に爆撃のあった巨大な穴を開ける攻撃では無いが、250kg程度と思われる通常爆弾が雨のように降ってきたのだ。この絨毯爆撃によって、出撃準備をしていた航空機や滑走路の修復をしていた工兵部隊が全滅してしまった。滑走路には直径4mほどの穴が無数に穿たれている。


 防空壕に避難した基地指令や参謀は無事だったが、この基地は完全にその能力を喪失してしまったのだ。


「有線電話も切られたか!くそっ!写真だ!敵機の写真は撮れたか!」


「はい。おそらくとれていると思いますが、なにぶん距離がかなりあったので・・」


 ソ連軍では、高空を侵入してくる日本軍機を捉えるため、ライカC型カメラに500mm望遠鏡を装着した物を運用していた。しかし、距離が16,000m以上にもなると対象物を捉えるのも一苦労だ。撮影できているかどうかは現像してみるまでわからなかった。


 ――――


 ソ連軍航空隊は、日露の地上軍に到達する前にそのほとんどが撃墜されてしまった。そして、奇跡的に日露軍上空に到達できた機体も35mm対空機関砲や携帯型対空ミサイルによって撃墜されてしまう。


「被害報告をしろ!」


「九六式主力戦車3両、歩兵戦闘車と自走高射機関砲各4両が大破!死傷者も30名以上です!」


 侵入してきたソ連機は、全て撃墜することが出来たが、腹に爆弾を抱えたままのSB爆撃機数機が日露地上軍の上に墜落したのだ。その爆発と燃料の火災によって、幾分の損害が出てしまったが、侵攻を妨げるほどの物では無かった。


「ソ連軍航空基地を無力化した!これで上空は安心だ!予定通り敵中央軍の後背を攻撃する!」


 梅津司令から侵攻部隊に命令が伝えられる。


 負傷した兵と死亡した兵の遺体が輸送ヘリによって後送される。西少佐はそのヘリに向かって敬礼をした後に、隷下の部隊に対して進軍を命令した。


 ――――


 ソ連軍オムスク北方軍の地下陣地には、地上に脱出出来ていない数十万人のソ連兵が存在した。彼らには地上がどのような状況になっているかはわからない。ただひたすらに地上に向けて穴を掘るが、十分なスコップの無かった彼らは時間がかかってしまったのだ。


 そして、やっと地表に穴を開け太陽の光が差し込んできた。深夜から何時間も掘り続けてやっと目にした太陽光線はとても眩しかった。


 恐る恐る顔を出して辺りを見回すと、5人ほどのロシア人が近づいてきた。彼らは両手を挙げて、そしてパンツ一枚の裸だった。


「なんだ!その格好は?お前らソ連兵か?」


 地上から顔を出したソ連兵は、裸で迫ってくるロシア人に拳銃を向けながら誰何する。軍服を着ていないと、ソ連兵かロシア兵か判別が付かないのだ。


「ソ連兵だ。オムスク派遣軍第三歩兵旅団のアドロフだ。北方方面軍は日露軍に降伏した。地下壕に隠れている兵士は武装解除して投降しろとの命令が、コーネフ司令とグジコフ従軍政治局員連名で下された」


「バカな!こんな短時間で北方方面軍が降伏したのか!?そんはことはあり得ない!」


 今回の作戦に於いて、ソ連軍の降伏などあり得なかった。このオムスクを死守しなければウラル山脈まで戦線を後退させなければならない。これは、モスクワ中央にとって許容できない状況なのだ。なので、前線の兵士には“必死”の戦闘が厳命されていた。


「ああ、あり得ないさ。しかし、そんなあり得ないことが起こったんだよ。地上に出ることの出来た友軍はそのほとんどが戦死した。戦車も野砲も全て破壊されてしまったよ。日露軍の発表によると、ソ連軍の死者は30万人を越えるそうだ。そして、日露軍の死傷者は200人くらいらしい。もう、これは戦争と言える物じゃ無い。我々にはどうすることも出来んよ」


 そう言われたソ連兵は、上半身を穴から出して辺りを見回す。そこにはおびただしい数の死体が横たわっていた。いや、散乱していたというのが正しいだろう。どれも、内臓や脳髄をぶちまけて泥と一体化していた。今まで嗅いだことの無い、想像を絶する悪臭が漂っている。そして、30メートルほど離れた所に小銃を構えた日本軍兵士の姿が見えた。


「し、しかし、我々には死ぬまで戦うことが厳命されている。降伏など出来ん!」


「戦っても無駄だよ。我々全員が死ぬまで戦っても、日露軍の小銃弾を少し消費させるだけだ。それなら、全員捕虜になって日露軍の兵站に負担をかけてやろうという作戦らしい。それに、コーネフ司令と政治局員の命令だ。我々は上官の命令に従うだけだよ。責任はお偉いさん達にあるのさ」


 こうして、地下壕に隠れていたソ連兵達の武装解除が進んでいく。もちろん、その説得に当たっているのはロシア兵がソ連兵に偽装した工作員だった。

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