第252話 シベリア決戦(7)
ソ連軍SB爆撃機とすれ違った疾風(はやて)42機編隊は、2,000mほど向こうで旋回を始めた。
その機動を見ていたSB爆撃機の後部銃座射手は、自分自身の目がおかしくなったのでは無いかと疑った。あれは、今まで見たことのあるどんな航空機でも無い。あんな機動のできる機体は見たことが無いし想像も出来なかった。
すれ違った日本軍機は2,000mほど後方で急に機体を90度に傾けたのだ。その動作はほんの一瞬だった。飛行機という物は操縦桿を倒したからといってすぐに動く物では無い。旋回するためにはまず操縦桿を左右どちらかに倒してエルロンを操作し機体を傾け、そして操縦桿を引きエレベーターを操作して旋回に入る。その一連の動作が必要なのだ。
なのに、あの日本軍機はいったい何だというのだ!?一瞬で機体を90度傾けてそのままの速度で旋回に入った。すれ違ったときにもすさまじい速度だと思ったが、後方で旋回をしている日本軍を見るとその速度がさらに良くわかった。あれは飛行機の出せる速度じゃ無い。ソ連軍のMig3戦闘機の最高速度は時速600kmほどだが、明らかにその2倍くらいの速度が出ていた。
しかもあの形は一体何だ!?細長い機首に三角形の主翼、そして小さな水平尾翼。その姿はまるで弓矢の鏃(やじり)の様だ。
旋回を終えた疾風42機は、後ろからまっすぐにSB爆撃機隊に迫ってきた。ソ連軍SB爆撃機の射手はアイアンサイトに日本軍機を収める。この7.62mm機銃の射程はせいぜい300mほどだ。それ以上は弾道が山なりになってほとんど命中を期待することは出来ない。そして、銃口の先に見える日本軍機はみるみる近づいてくる。
このSB爆撃機も時速320kmで飛行している。それを追いかけてきているはずなのに、その迫り来る速度が尋常では無かった。
“いったい日本軍機はどれほどの速度を出せるんだ!”
日本軍の主力戦闘機である九九式戦闘機も、時速800kmもの高速を発揮してソ連軍を苦しめている。それなのに、目の前にいるあの機体はそれを遥かに凌駕する速度と運動性なのだ。
随伴しているMig3とYak1戦闘機が旋回を開始し、日本軍の新型機を迎え撃とうとしている。しかし、その速度はあまりにも遅い。今まさに迫り来る日本軍機に比べると、まるで亀の動きのようだった。
迫り来る日本軍機に照準を合わせながら、射撃のタイミングを計っていた。300mまで近づいたら発射する。そして必ず当てるのだと。
“なっ!?”
引き金を引こうと指に力を入れた瞬間、日本軍機は少し上昇して自分たちの上空を追い越していった。そして、周りでは友軍機が10機ほど火を噴いて墜落していく。
ずっと目で追っていたはずなのに、その驚異的な速度のために引き金を引くことが出来なかったのだ。
――――
陸軍零式戦闘攻撃機“疾風”の操縦桿を握る黒江大尉は、照準器のレチクルを敵機に合わせてトリガーを引く。しかし、主翼に内蔵されている12.7mm機銃4丁は、沈黙を守ったままだった。そして、一瞬遅れてレチクルが赤く輝いたかと思ったら、それと同時に12.7mm機銃が火を噴いた。
この疾風に搭載されているFCSは、九九式戦闘機に搭載されているFCSをさらにバージョンアップしたものだ。射撃管制を“SAモード”に設定すると、トリガーを引いたとしてもFCSが命中を期待できないと判断した場合は発射されない。そして、命中確率75%以上になると自動的に発射されるのだ。
これによって機銃の無駄撃ちが無くなり、パイロットは敵機をレチクルに収めるだけで確実に撃墜できるようになった。
黒江大尉率いる第三航空大隊は、何度か旋回を繰り返し80機ほどのソ連軍機を撃墜することが出来た。最初に発射したミサイルによる撃墜を含めると、合計で約220機を撃墜した。
「サリー・ブラウンよりフリーダへ。九九式戦闘機が到着した。あとは任せて帰投してくれ」
※サリー・ブラウン 哨戒機のコールサイン
※フリーダ 黒江隊のコールサイン
「こちらフリーダ。了解した。こっちももう弾切れだ。あとはよろしく頼む」
ソ連軍第一陣の爆撃機隊はほとんど撃墜できた。取りこぼしたソ連機は、地上の35mm対空砲と携帯型対空ミサイルで撃ち落とせたようだ。
しかし、ソ連軍機は数珠繋ぎのように列を成して迫ってきている。黒江隊の疾風42機は、補給をした後に再度迎撃に向かった。
――――
「こちらタキシードサム。これよりソ連軍滑走路の爆撃を開始する」
※タキシードサム 加藤隊のコールサイン
高度12,000mを飛行する九七式戦闘攻撃機から250kg通常爆弾が投下される。1機あたり12発、280機合計で3,360発もの爆弾が投下された。
投下地点はソ連軍飛行場から10kmほど離れた場所だ。投下された爆弾は弾道軌道を描きながら目標に落ちていく。
「全機、最大速度で18,000mまで上昇!右に旋回して帰投する!」
加藤隊はソ連軍高射砲を避けるため、全速で上昇しながら旋回を始めた。そしてしばらくすると下方で次々に爆発が起こる。
――――
「滑走路の復旧を急げ!600m確保できれば着陸ができる!友軍機の敢闘を無駄にするな!」
ソ連軍航空隊司令の怒号が飛ぶ中、滑走路の復旧作業と並行して航空機の離陸が行われていた。
この基地に駐機している航空機は1,100機だ。有線電話で確認した限りでは、他の航空基地は今日中の復旧は難しいようだった。そうであれば、比較的損害が軽微だったこの基地がなんとかしなければ全軍が崩れてしまう。ソ連兵はそんな使命感に燃えて一心不乱に作業をしていた。
「敵機です!数は約200!」
上空を警戒していた観測員が叫んだ。日本軍も、この航空基地が生きていることを知ったら、必ず再度爆撃に来るはずだと考えて警戒に当たらせていたのだ。
「高射砲部隊!応戦だ!近づけさせるな!今度は昼間で敵機がよく見えるはずだ!正確に狙えよ!」
高射砲部隊は測距儀を使って、日本軍機の高度を計測する。20倍という高倍率の測距儀を使っているにも関わらず、日本軍機は非常に小さく見えていた。そして、ダイヤルを調整して測距しようとしたがなかなか測距が出来ない。この事態に測距手は言いようのない違和感に襲われた。
そして、測距手は通常ではあり得ない高度にダイヤルを合わせる。そして、その高度で測距が出来たのだ。
「敵機の高度、16,000m!まだ上昇しています!」
「なんだとっ!そんなバカなことがあるか!正確に測距しろ!」
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