第249話 シベリア決戦(4)
「日露軍の戦車を確認!距離約2,000m!」
「履帯を狙うんだ!一発で仕留めろ!」
照明弾に照らされた日露軍戦車が、照準器の中で迫ってきている。上空には何発もの照明弾が上がっているので、この距離でも何とか視認できるがやはり照準は付けづらい。それでも、必死に日露軍戦車を探し砲をその方向へ向ける。
イルクーツクからこのオムスクまでの戦闘で、日露軍の戦車の装甲が信じられないほど固いことがわかっていた。この新型の85mm砲をもってしても、その正面装甲を抜くことは出来ない。
破壊するためには、横か後ろに回り込んで側面装甲か後部装甲を撃ち抜くしか無いと思われたが、日露軍の索敵能力は非常に高く、迂回して回り込もうとした部隊はことごとく撃破されてしまったのだ。しかし、それでも履帯に命中すれば、どんなに高性能な戦車であっても行動を止めることが出来た。
「発射!」
T34の砲塔内に轟音が響き渡る。戦車壕に半分埋まっているため、防御力は高いがその分視線が低くなり、2,000m先にいる日露軍戦車の履帯を狙うことが難しい。それでも履帯に命中するようにレチクルの目盛を合わせて射撃をする。
「次弾装填!発射!」
照準器で見る限り、日露軍の戦車に対して何発かは命中弾を出しているはずだ。しかし、一両も撃破どころか足止めも出来ていない。
「くそっ!何て防御力だ!この怪物め!」
砲塔内に置かれている20発の砲弾を使い果たしたT34は、車体下部にある砲弾を引っ張り上げなければならない。その為、必然的に装填速度が落ちてしまい攻撃密度が下がる。
だんだんと打ち上げられる照明弾の数も少なくなってきた。日露軍は暗闇でも正確な射撃の出来ることがわかっている。もし、照明弾の支援が無くなったら反撃のしようがなくなってしまう。どうしようも無い焦燥感に駆られながら、なんとしても、一両でも多くの敵戦車を足止めしなければならいと必死で照準を付けた。
「直撃弾!来ます!」
照準を付けていた砲手が叫んだ。狙っていた日露軍戦車の主砲がまっすぐこちらを向いたのだ。もちろん、1,000m以上距離があるので必ず当たるというわけではないが、砲手は相対する日露軍戦車を見て、直感的にそう感じてしまった。
“あの砲口が火を噴いた瞬間に自分は死ぬ”
次の瞬間、その戦車の砲口が火を噴いた。それを照準器で見ていた砲手は目をつむって頭を下げたが、それは全く意味の無いことだった。
日露軍の戦車から放たれた105mm滑腔砲弾は、秒速1,500mという速度でT34の砲塔に着弾した。この速度での着弾だと、傾斜装甲はほとんど意味を成さない。弓矢の様な滑腔砲の弾体は、着弾の激しい圧力によって戦車の装甲を溶かして浸潤していく。そして、溶けた装甲とタングステンの弾体がT34の砲塔内に飛び散るのだ。
溶けて飛び散った装甲は砲塔内にいた3人の兵士を瞬殺し、装填しようとしていた85mm徹甲弾の薬莢を撃ち抜き爆発させた。そして残っていた砲弾も誘爆し、T34は大爆発を起こして砲塔が吹き飛んでしまったのだ。
――――
日露軍の九六式主力戦車は、4両が一小隊となって進軍をしていた。小隊の内2両が停止して射撃をし、その間に別の2両が前進をする。そして数十メートル進んだら、前進した2両が停止し射撃を開始、後ろの2両が前進するという行動を繰り返す。そして、この小隊12個48両で一個大隊を形成し、このオムスク北方には10個大隊約480両の九六式主力戦車が投入されていた。
「正面のソ連軍戦車はほぼ撃破した!全軍このまま突撃だ!」
戦車大隊を指揮する西少佐が叫ぶ。
西少佐の搭乗する九六式主力戦車も、攻撃開始から既に11両のソ連軍戦車および車両を撃破していた。何発か直撃弾を喰らったが、幸いにも履帯に当たらず装甲も貫かれてはいない。
オムスクに布陣するソ連軍北方方面軍には、約2,000両の戦車が配備されていたはずだが、進軍している正面にいるソ連軍戦車は1,000両ほどと推定されている。この敵陣に対して480両の九六式主力戦車を投入したのだ。その火力はすさまじいものがあった。
「ソ連軍の歩兵です!距離1,200m!」
地下陣地からやっと抜け出してきたソ連軍歩兵が、日露軍の戦車に向かって突撃をしてくる。既に照明弾の支援はほとんど無くなっており、燃え上がる味方戦車の炎の明かりを頼りに日露軍へと向かってきている。それを赤外線照準画面で確認した西少佐は、得も言われぬ恐怖を感じた。
「敵歩兵が突撃をしてくる。支援攻撃を頼む!」
西少佐は、随伴している歩兵戦闘車に支援を依頼した。
日露軍の戦車隊の後ろには、81mm迫撃砲と12.7mm機銃2丁を主兵装とした歩兵戦闘車が随伴している。12.7mm機銃は車内からリモートで撃てるようになっており、81mm迫撃砲は後装式に改造され、車内から装填が出来る。
これまでのソ連軍との戦いで、歩兵による人海戦術の被害が無視できなかったために急遽装甲車両を改造して製作された物だ。
この歩兵戦闘車には、さらに対人近接防御兵器が搭載されている。
敵歩兵に囲まれてしまった場合、車内からリモートで車両上面に搭載されている対人擲弾を射出することができる。この擲弾は上空30mくらいの場所で炸裂し、下方に向かってその破片をばらまくのだ。この破片は、戦車や装甲車両に損害を与えることは無いが、歩兵に対しては十分な殺傷能力がある。多少非人道的な武器と言えなくも無いが、人海戦術を切り札とするソ連軍に対しては致し方の無い事であった。
ソ連軍歩兵の位置は、C4Iシステムによって歩兵戦闘車でも確認ができている。味方の誰かが敵の位置を確認すれば、その情報はC4Iシステムによって瞬時に共有されるのだ。
「目標前方のソ連軍歩兵!迫撃砲、撃て!」
戦車隊に随伴する多数の歩兵戦闘車から、81mm迫撃砲が放たれる。それは、大きな弾道軌道を描きながらソ連軍兵士を次々に襲っていった。塹壕やトーチカを出て突撃している兵士は、迫撃砲の攻撃に対して無力だ。近くで爆発する一発の迫撃砲弾によって、数人から10人程度の兵士が倒れていく。しかし、ソ連兵はあとからあとから湧いて出てくる。味方の死体を踏みつけながら、死体から手榴弾や小銃を回収しながら。
「くそっ!この人海戦術は何度見ても嫌な物だな・・・」
赤外線画像に映し出される地獄を見ながら、西少佐はつぶやく。それはイルクーツク以来、何度も経験した光景だった。
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