第248話 シベリア決戦(3)
ソ連軍地下陣地の出入り口は、そのことごとくが爆撃によって破壊されていた。このままでは何十万という兵士が生き埋めにされると判断したソ連軍は、地上までの通路を掘って外に出ることを決断する。しかし、地下数メートルの深さに構築しているトンネルから地上まで通路を掘るために、工兵達は懸命にスコップを振るうが進捗は芳しくない。掘った際、大量に排出される土砂の処理にも手間取り通路の確保に1時間はかかると見込まれた。
現在地上には、高射砲部隊の兵員と、地下トンネルではないトーチカに待機していた兵員、そして戦車や車両に待機している兵だけのはずだ。今、日露軍の戦車部隊の突撃を受けたら持ちこたえることは出来ない。
司令のコーネフは、事前に敷設している地雷原によって、なんとか日露軍の遅滞が出来ることを祈っていた。
――――
日露軍の砲兵部隊は日没と同時に前進を開始し、ソ連軍高射砲陣地および野砲陣地から22kmから16kmの地点に布陣を終えていた。
整然と並んだ155mm自走榴弾砲と155mm牽引式榴弾砲900門、イルクーツク攻防戦で鹵獲したソ連製152mm榴弾砲500門が仰角をとり、一斉に砲撃を開始した。
U2偵察機により、ソ連軍高射砲陣地と野砲陣地の正確な位置は把握している。そして、宇宙軍によって製作された精巧な地図によって、自分の位置が確定すれば目標までの寸分違わぬ方位と距離がわかる。そのデータを元に算出された仰角で発射をすれば、驚異的な命中精度を出すことが出来た。
「次弾装填!」
砲兵の一人が榴弾を装填装置にセットする。装填装置によってチェンバーにセットされた榴弾を砲兵二人がラマー(押し込み棒)で押し込んだ後、指定された量の火薬袋をチェンバーに入れて尾栓が閉じられる。
「撃て!」
砲術士官の号令で点火紐が引っ張られて、榴弾砲は轟音と共にソ連軍陣地へと向かうのだ。
自走榴弾砲は、1分間に6発、牽引式榴弾砲と152m榴弾砲は1分間に4発の発射が可能だ。合計1,400門の榴弾砲から毎分約7,000発の砲弾がソ連軍陣地へ降り注ぐ。そして、その射撃は信じられないくらい正確に着弾していた。
榴弾砲による砲撃開始と同時に、地雷処理車両による進路の確保が開始された。偵察機による撮影によって、地雷を敷設している場所はほぼ特定できている。これは、地表の写真を時系列で比べることにより、地雷を埋めたときに出来る特徴的な変化を捉え判断していた。
――――
ソ連軍高射砲/榴弾砲陣地
辺り一面、火薬と鉄による暴風が吹き荒れていた。
「うおおおぉぉぉ!反撃だ!反撃をするんだ!」
あまりにも正確に着弾する日露軍の砲撃によって、ソ連軍の高射砲と榴弾砲は次々に破壊されていった。
高射砲も榴弾砲もその半分くらいを壕に沈めているので、直撃弾を受けない限り大きなダメージを受けることはない。しかし、1分間に7,000発にも及ぶ日露軍からの榴弾によって、多数の直撃弾を受けてしまった。
しかも、攻撃開始から10分が経過しているが、その砲撃の雨は全く終わる気配がない。
だが勇敢なるソ連軍兵士は、その爆風の中でも反撃を開始した。日露軍の正確な位置はわからないが、榴弾が届くということは18km前後の場所にいるだろう。高射砲と榴弾砲の仰角を射程18km前後に合わせて射撃を開始した。
さらに、配備されたばかりのロケット砲も砲撃を開始する。射程は12kmほどだが、日露軍はこの砲撃の中、戦車部隊を前進させてくる可能性が高い。その進軍を少しでも遅らせる必要があったのだ。
――――
ソ連軍からの反撃は、日露軍の上にも届いていた。ソ連軍の砲撃はメクラ撃ちと言っても良かったが、それでも至近距離に着弾すれば被害は免れない。日露軍の榴弾砲部隊も被弾し、損害が増えつつあった。また、前進している地雷処理車両の上にも、ソ連軍からのロケット砲や榴弾が降り注ぐ。この地雷処理車両は、九六式主力戦車をベースにしているため、榴弾の直撃を受けない限りは行動不能になることは無い。ソ連軍のロケット砲は成形炸薬弾になっているらしく、榴弾のような爆発は無いが装甲車に上から当たれば高い確率で天蓋を撃ち抜くことができる。しかし、日露軍の地雷処理車両の上には成形炸薬弾対策の金網を張っており、ソ連軍のロケット砲は、それほどの効果を出してはいなかった。
榴弾砲部隊や地雷処理車両部隊に損害を出しながらも、日露軍はその攻撃と進軍を一寸も緩めることはなかった。例え損害が出たとしても、ここで引き下がるという選択肢は無いのだ。ソ連軍の榴弾砲とロケットが沈黙するまで撃ち続ける。お互い、ほとんどノーガードでの撃ち合いとなった。
そして、砲撃開始から1時間を経過した頃、ついにソ連軍陣地からの反撃が止まった。
――――
「ソ連軍地雷の処理が完了しました!第一、第二、第三進入路を確保!」
「よし!戦車隊前進!ソ連軍陣地を蹂躙せよ!」
――――
その頃、地下トンネルから地上への通路を確保したソ連軍兵士達が、次々に地上に這い出してきていた。そして、すさまじい硝煙の匂いに皆むせび咳き込んだ。
「戦車兵はすぐに応戦の準備だ!日露軍が来るぞ!高射砲と砲兵の損害を確認しろ!照明弾を打ち上げろ!敵に位置がバレてもかまわん!とにかく現状と敵の確認だ!」
司令のコーネフは隷下の軍に指示を出す。しかし、やっと地上に出ることの出来た大部分の兵士達にその指示は届かない。コーネフが指揮する北部方面軍は混乱を極めていた。
すでに、両軍からの砲撃は終わっていた。日露軍の砲撃が終わっているのは、戦車部隊を突入させるからだろうが、ソ連軍の砲撃音が聞こえないということは、最悪の事態を想像せざるを得なかった。
「敵の戦車部隊が突入してきます!かなりの数です!」
「地雷原が突破されたのか!何としても食い止めろ!」
地上に出てきた歩兵は、銃を持っている者も持っていない者も、その多くが日露軍の戦車に向かって突撃を始めた。なんとか戦車に取り付いて、ハッチを開けて銃撃や手榴弾によって破壊する事が目的だ。対戦車ライフルや45mm対戦車砲を担当する兵士は、自分の武器を見つけ出して準備をしようとかけずり回るが、味方陣地は激しい砲撃によって耕されており、有効な武器をほとんど発見することが出来なかった。
戦車や装甲車には、あらかじめ待機要員が乗っていたために、無事な車両はすぐに応戦に入れる状態だった。日露軍の砲弾は高射砲と榴弾砲の破壊を優先したのか、ソ連軍戦車にそれほどの被害は出ていない。戦車壕に下半分を隠したソ連軍戦車隊は、照明弾に照らされた日露軍戦車に向かって照準を合わせる。
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