第247話 シベリア決戦(2)

1940年7月2日午前1時


 ノヴォシビルスク(ノヴォニコラエフスク)近郊に作られた滑走路から、宇二型偵察機(通称U2偵察機)41機が次々に離陸していく。真っ黒な機体に灰色にペイントされた国章のU2偵察機は、離陸してすぐに闇夜に見えなくなった。


 このU2偵察機は、排気タービン付き星型ガソリンエンジンを二発搭載し、最高速度こそ260km/hと低速だが、高度16,000mを音もなく敵陣の偵察が出来る。レーダー装備のないソ連軍に対しては、絶大な偵察能力を発揮していた。


 そして、U2偵察機が離陸して20分後、地中貫通爆弾2発を装備した九七式戦闘攻撃機220機が飛び立っていく。アフターバーナーのオレンジ色の炎をたなびかせて急上昇していく様子は、何物にも代えがたい力強さがある。


 日本陸軍第二航空軍司令官の河辺 虎四郎中将は、飛び立って行く九七式戦闘攻撃機に向かって直立不動で敬礼をしている。250万ものソ連軍に対して挑んでいく勇猛果敢な皇軍の戦士達。ソ連を打ち倒し、この世界に平和をもたらすという崇高な目的のために戦う兵士の姿に魂が震えていた。そして、その司令官たる自身に預けられた責任の重さを再認識するのであった。


 ――――


「こちらタキシードサム。現在高度15,000mをマッハ1.3にて侵攻中。まもなく投下予定地点に到達する」


 ※タキシードサムは加藤隊のコールサイン


「こちらマイメロディ。確認した。予定通り火器管制をこちらに渡してくれ」


 ※マイメロディは加藤隊担当の哨戒機のコールサイン


「こちらタキシードサム。了解した。よろしく頼む」


 哨戒機のモニターに、加藤隊の光点が表示されている。そして、その光点は投下地点を示す三角形に向かって近づいていた。


「全弾投下!」


 哨戒機からバンカーバスター投下の信号が送信され、それを受信した九七式戦闘攻撃機は、翼下に抱えている電柱ほどもありそうな、巨大な爆弾を投下していく。


 そして、その爆弾は、高度16,000mを低速で飛行するU2偵察機からのレーザー誘導に従って、正確無比にソ連軍地下陣地の出入り口に向かって落下していった。


「こちらタキシードサム。爆弾投下を確認。これより離脱する」


 爆弾の投下を終えた九七式戦闘攻撃機220機は急激にその機首を上げ、全速力で高度19,000mを目指す。そしてその勢いのまま旋回し基地に帰投していった。


 ――――


「上空に光る物があります!数はおよそ200!」


 地上では、九七式戦闘攻撃機が出すアフターバーナーの炎が発見されていた。バンカーバスターを投下した地点はソ連軍地下陣地より20kmほど離れた場所だったので、投下後に急上昇をしたときの噴射炎を発見されたのだ。


「日露軍の夜間爆撃だ!高射砲で応戦しろ!急げ!総司令部にも連絡だ!」


 オムスク北部方面軍司令のイワン・コーネフは隷下の部隊に指示を出す。その指示は迅速に各部隊と総司令部に伝達された。全軍に緊張が走る。


 ソ連軍は夜間爆撃に備えて、高射砲を何時でも発射出来る体制にしている。命令は有線電話を通じて伝達され、陣地のあちらこちらから発砲が始まった。


 日露軍の正確な高度はわからないが、高度10,000mから14,000mで炸裂するようにセットされた高射砲弾が無数に放たれる。発射命令を受けた高射砲の数は2,000門にもおよび、そこから毎分6発の120mm高射砲弾が放たれたのだ。夜のシベリアにすさまじい爆音が響き渡っていた。


 しかし、その高射砲弾は日露軍機を一機も捉えることは出来なかった。九七式戦闘攻撃機は爆弾投下後に急上昇したため、既に高射砲の届かない高空に逃げていた。哨戒機とU2偵察機は、確認されている高射砲陣地から水平方向に10km離れた所を飛行していたため、真上に打ち上げれば高度17,000mに達する高射砲も、角度を付けた射撃では哨戒機やU2偵察機のいる高度まで届かなかったのだ。そしてU2のレーザー誘導装置は、この距離でギリギリ誘導できる。


 ――――


 ソ連軍では、この10ヶ月におよぶ日本軍との戦闘で、かなりの知見が蓄積されていた。日本軍は歩兵をおびき出して、ロケット砲からの擲弾攻撃によって殲滅する作戦を好んで使っていた。今回も航空機による襲撃によって歩兵をおびき出し、擲弾による攻撃を意図しているのは明らかだった。


 “歩兵を地上に出すのは得策ではないな”


 司令のコーネフは、この暗闇で歩兵を地下陣地から地上に出すのは得策ではないと考えて指示を出した。


「地上侵攻があるかもしれん!戦車兵は戦車を動かせる準備をしておけ!歩兵は戦闘配備で地下陣地に待機だ!うおぉっっっっ!」


 突然地下陣地は激しい揺れに襲われた。天井からボロボロと土が剥がれて落ちてくる。司令部機能のある壕はコンクリートで補強しているので大丈夫だったが、いくつかの通路が崩れて埋まってしまった。しかも、その激しい揺れは一度ではなく、何度も襲ってくる。


「敵の爆撃か!直撃を喰らったのか!?」


 地下数メートルに掘られた地下陣地をこれほど揺らすのであれば、直撃を受けたのだろうと考えた。だが、この地下陣地はその直撃に耐えたのだ。これなら大丈夫だ。日露軍の地上部隊が前進してきたら、大量の歩兵と戦車によって押し返せば良い。


「コーネフ司令!出口が土砂で塞がれています!確認できたA4からA13出口の全てが使えません!」


「なんだとっ!?まさか、出入り口をピンポイントで爆撃したのか?」


「他の陣地からも同様の報告が入っています!地下に閉じ込められました!」


 張り巡らされた有線電話から、次々に被害報告が入ってくる。そのどれも、出入り口をふさがれたというものだった。


「くそっ!日露軍め!しかたが無い!地上まで通路を確保しろ!閉じ込められては何も出来ん!全軍地上に出て総攻撃に備えろ!」

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