第241話 ジェームズ・サマヴィル

 イタリア艦隊を沈黙させた後、海を漂流していた多数のイタリア兵を救助したが、救助した兵士の半数以上は残念ながら既に死亡していた。4月下旬の海水温は15度程度と冷たく一時間くらいで意識を失ってしまう。救命胴衣を付けていたとしても、意識を失ってしまえば海水を飲み込んでしまい、溺死してしまうのだ。


 また轟沈を免れたものの、炎上しながら漂流している戦艦や重巡は放置せざるを得なかった。救助のために乗船したとしても、急激に沈没や大爆発を起こされては救助隊に犠牲が出てしまう。敵兵の救助のために、味方の兵を危険にさらすわけにはいかなかったのだ。


 そして、動ける者が全て退艦した後のイタリア戦艦と重巡は、火災の延焼が止まらず次々に爆沈していった。


 イタリア兵の救助に残っていた日英の巡洋艦と駆逐艦の乗組員達は、大爆発を起こして沈没していく戦艦ローマやリットリオに対して敬礼をする。国家の総力と威信を賭けて建造した戦艦だった。それに乗り込んでいた兵士達は強大な日英艦隊と正々堂々と戦い、そして散っていった誇り高き戦士なのだ。日英の兵士達に、イタリア兵に対する憎しみはもう無い。


 この日、イタリア海軍は戦艦6隻、重巡7隻をはじめ、軽巡・駆逐艦・水雷艇・潜水艦および、ターラントに停泊していた輸送船など、合計170隻以上を失い4万人以上の死者行方不明者を出してしまう。


 そして、そこから数日間にわたる空襲で、全国の発電所や造船所のクレーン・石油備蓄基地などがピンポイントで破壊され、もはやイタリア海軍の再建は不可能な状況であった。


 ――――


1940年5月2日


 イタリア艦隊とターラント港を撃破した日英艦隊は、マルタ島沖にて集結をしていた。相当数の弾薬を消費したため、輸送艦から砲弾やミサイル・燃料の補給を受けている。


「小沢司令、今回の合同作戦は想定しうる最高の戦果を上げることが出来ましたな。それに、艦隊決戦で勝利をしたことは、我がイギリス国民の戦意を鼓舞することになりました。艦隊決戦の機会を作っていただき、感謝に堪えません」


 イギリス艦隊司令のサマヴィルは、空母瑞鳳の小沢司令の元に訪れて謝辞を述べる。


 ターラント沖海戦が終わった後、サマヴィルは新聞発表用の取材を軍広報から何度も受けており、また、戦争が終わった後の出版や講演会の依頼を多数受けていた。これは、ターラント沖海戦をプロパガンダに利用したい英国政府の意向でもあった。


 イギリス本国の新聞には、ターラント沖海戦の赫々たる戦果と共に、司令サマヴィルの偉業を称える記事が紙面を賑わせていた。“新しい英雄の誕生”、“ネルソン提督の生まれ変わり”、そんな言葉がイギリス全土から聞こえてくる。


 トリポリ・バンガージー・ターラントの海戦に於いて、イギリス軍の損害はソードフィッシュ8機の撃墜のみで死者行方不明者は16名だ。それに対してイタリア軍の損害は4万人以上。さらに、イタリア海軍の全てを殲滅したのだ。この大戦果にイギリス国民は沸き立った。


 昨年のダンケルクとファウルネス島沖海戦では日本の山口司令だけが活躍し、イギリス軍の活躍は全く無かった。イギリス国民は、自国の英雄を欲していたのだ。


「小沢司令。一つお伺いしたいことがあるのですが・・・・、貴軍の巡洋艦が発射したミサイルが戦艦ロドニーの上空1,500m付近で爆発した後、ロドニーの近くに敵の主砲弾が着弾しました。これはもしかして、ロドニーへの直撃弾だけを撃ち落としたのですか?そんな事が可能なのですか?」


 日本側からは、事前にそんな事ができるという話は聞いていない。共同作戦をするに当たって、日本艦隊の能力の大部分を開示されているはずだったが、まだ秘密にしている能力があったのかと。


「そうですね。私も巡洋艦“高津”からの報告では聞いているのですが、まあ、そういう事です」


 小沢は、なんとなくぼかした感じで返答をする。イギリス軍に開示して良いとされる一覧に、主砲弾の迎撃能力については記載が無かったのだ。というか、主砲弾を迎撃するという状況をそもそも想定していない。基本、敵の攻撃範囲外からのアウトレンジ攻撃のみで、敵艦隊と30kmまで近づくなど現在の日本海軍の教本には書かれていないのだ。


「詳しいことは言えないのですか?やはり、あんな高性能な武器の情報は開示できないのでしょうか?」


「いえ、そういう訳ではないのですが、あれは近接防衛装備の一つなのです。防空網をかいくぐってきた敵機を撃ち落とす為のミサイルを、今回は砲弾に対して使用したという事ですな」


 小沢は“近づいてきたから撃ち落とした”とばかりに簡単に言ってのけた。その言葉に対してサマヴィルは、目を丸くして驚く。砲弾を撃ち落とすことは、そんなに簡単な事なのかと。


「いや、しかし戦艦の主砲ですよ。目で見ることも出来ない速さで飛んでくる弾に当てるなど、常識では考えられない。日本はいったいどうやってこんな技術を手に入れたのですか?」


 サマヴィルは日本の技術力に心底驚いていた。“驚き”という表現は生ぬるいほどだ。これは“恐怖”に近い感情だと思った。こんな事が実用化出来る日本に、どうやっても太刀打ちすることは出来ない。この戦争が終わった後、日本は欧州の支配をもくろんでいるのではないかと危惧してしまう。


「我が国では、天皇陛下が中心になって20年以上前から技術開発を専門にする部署を作っていたのです。そこで、培われた技術なのですよ。科学技術こそが今後の世界の趨勢を決めると、天皇陛下は考えられていたのです」


 20年前と言えば、先の欧州大戦が発生していた頃だ。あの時、日本はイギリスからの欧州へ艦隊を派遣して欲しいという要請をむげに断っている。そのくせ、中国の青島沖で小規模のドイツ艦隊を攻撃し、戦後は戦勝国気取りで国連の常任理事国に収まった日本のことを、サマヴィルは良く思ってはいなかった。しかし、日本はその当時から科学技術の研鑽に全力を挙げていたと言うことか。


 サマヴィル自身、無線の重要性に早くから気づき、先の欧州大戦ではその成果を出して殊功勲章を受勲している。新技術の重要性はイギリスも当然気づいており、研究を重ねてきていた。それでも、日本には遠く及ばなかったのだ。


「そうでしたか。天皇陛下自らが牽引していたのですね。我が国の国王が天皇陛下のことを“世界一の大親友”と言われたことにも納得がいきますな」

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