第242話 大元帥アナスタシア(1)

 時を半年ほど遡る


1939年9月13日午前0時


 日本軍がソ連領内に侵攻を開始した日、時を同じくしてロシア帝国艦隊はアムール川(黒竜江)を上りニコラエフスク侵攻を開始していた。


 ニコラエフスクはアムール川の河口に位置し、さらにロシア帝国に一番近い街なので、ある程度の防衛部隊が駐屯していた。事前の調査で、ソ連駆逐艦も3隻駐留していることがわかっている。


 ロシア帝国艦隊巡洋艦1隻・駆逐艦6隻と強襲揚陸艦4隻が、アムール川河口に侵入しようとしていた。哨戒ヘリを先に発進させ、そのルックダウンレーダーによってソ連軍駆逐艦の位置を正確に捕捉している。まずは駆逐艦を無力化し、続いてソ連軍砲兵陣地や対空陣地を叩くのだ。


「いよいよね、勝巳。とうとうこの時が来たわ」


「ああ、アナスタシア。俺たちが初めて出会った街だ。まずはここを取り戻して、ソ連撃滅の狼煙を上げるぞ!」


「ええ、あれから20年も経つのね。本当に長かった。でも、この瞬間をあなたと一緒に迎えることが出来るのを神に感謝してやまないわ。勝巳、本当にありがとう」


「アナスタシア・・・」


「勝巳・・・」


 アナスタシアはその大きい瞳に涙があふれてくる。自身の半生が走馬燈のように頭の中を駆け巡っていた。


 ルスランと過ごしたあの眩しい日々。しかし革命で幽閉され、家族は目の前で赤軍に殺されてしまった。ルスランも、アナスタシアを助けるために犠牲になった。辛く苦しい逃亡の旅路。多くの民衆が殺されるのを見た。多くの民衆が餓死しているのを見た。野犬に食い散らかされた死体の数は100や200ではない。自分の進む道は、まるで屍で舗装されているのだろうかと思った。自分のせいで、みんな死んでしまうのでは無いかと思った。何度もくじけそうになったが、その度にルスランの最後の言葉を思い出す。


 “ロシアの人々を救ってください”


 そしてたどり着いた極東の街、ニコラエフスク。何もかもが凍り付く氷点下の街で、アナスタシアは有馬勝巳と出会ったのだ。


 喧嘩をすることもあった。感情が高ぶって、有馬の前で泣いたこともあった。しかし、アナスタシアは何時しか勝巳の誠実さと優しさに心を惹かれるようになっていたのだ。


 自分の気持ちに気づいたとき、アナスタシアは今までに感じたことのない喜びと不安を経験した。


 “勝巳の顔を見ると嬉しい。ずっと一緒に居たい。でも、勝巳はどう思っているのだろう?勝巳も同じように思ってくれるのかしら?”


 アナスタシアにとってこんなことは初めてだった。


 そして、ロシア帝国正統政府樹立が決まったとき、アナスタシアはついに勝巳に告白をする。


 そして二人は誓い合い結ばれた。今こそ、あの時の誓いを果たすときが来たのだ。


 “二人、力を合わせてロシアを取り戻す”


 アナスタシアはゆっくりとそのまぶたを閉じた。スーと目尻から涙が流れ落ちる。有馬はアナスタシアに顔を近づけ口づけを交わす。あの時の誓いの口づけ。そして、今その誓いを果たすための口づけ。


 “ああ、私は本当に幸せだ。勝巳となら何でも出来る。何処までも行ける。必ず、ロシアを取り戻して民衆を救う”


「ゴホンッ!皇帝陛下、そろそろ作戦開始の時間なのでよろしいでしょうか?」


「えっ!?あ、あはは、そ、そうね、もうそんな時間なのね」


 ロシア艦隊旗艦の巡洋艦ペレスヴェートの艦橋で、見るに見かねた艦長がアナスタシアに声をかけた。いきなり皇帝夫妻のディープキスを見せつけられた艦橋要員は、たまった物では無い。みな、どうしようかとオロオロしていたのだが、作戦開始時間が迫っていたため、艦長が意を決して声をかけたのだ。


「皇帝陛下。大変申し訳ありませんが、続きはノウビィ・サンクトペテルブルクにお帰りになられてからお願いします。それでは、マイクを用意しております」


 アナスタシアは艦長からマイクを受け取って、すこし咳払いをする。顔は真っ赤だった。


「これよりソ連軍を蹴散らし国土を取り戻す!全砲門開け!砲雷撃戦用意!目標敵駆逐艦!撃って撃って撃ちまくれっ!」


 アナスタシアの大号令を聞いた兵士達は、いやが上にも盛り上がる。ロシア軍大元帥にして帝国の皇帝、至高の御方がこの艦隊を直接指揮されているのだ。そしてついに、ロシア国民全ての悲願であるソ連共産党の駆逐が始まった。


 哨戒ヘリによって捕捉しているソ連軍駆逐艦に向けて、127mm砲が一斉に放たれた。ここからは25kmほどの距離なので、ほぼ全弾が命中しソ連軍駆逐艦は一瞬のうちに全て轟沈した。


「ソ連軍駆逐艦に命中弾多数!大破確実!」


「次はソ連軍陣地よ!焼き払え!」


 ソ連軍陣地は事前に調べてある。正確にマッピングされたデータと哨戒ヘリからのデータによって、誤差8メートル以内の範囲で目標物に着弾する。ニコラエフスクに駐屯するソ連軍の頭上には、アナスタシアが率いる7隻の艦船から127mm砲弾が雨のように降り注いでいた。


 アナスタシアが乗艦している巡洋艦ペレスヴェートは、宇宙軍に発注した8,000トンクラスの巡洋艦だ。主砲は127mm速射砲が1門、35mm連装機関砲が2基、VLSが96セル装備されている。そして、随伴する駆逐艦6隻は、日本から供与された吹雪型駆逐艦だ。全艦、宇宙軍の手によって近代改装がされている。主砲は62口径127mm速射砲1門に変更され、35mm連装機関砲1基が追加された。また、VLSこそ装備していないが、短距離対空ミサイル16発を収めたミサイルランチャー2基が船体後部に設置されている。※1基あたり8セルだが、1セルあたり2発の短距離対空ミサイルを収納できる。対艦ミサイルや中距離対空ミサイルだと1セルあたり1発。


 今回のニコラエフスク攻略には、巡洋艦ペレスヴェートと改吹雪型駆逐艦が6隻、それに強襲揚陸艦4隻が動員されていた。


 艦砲射撃によって、ある程度ソ連軍陣地を破壊した後、強襲揚陸艦から次々に攻撃ヘリが飛び立っていく。


 ――――


「ロシア軍か日本軍からの攻撃だ!ウラジオストクとイルクーツクに攻撃を受けていると通信を送れ!」


「だめです!応答がありません!有線も無線もダメです!航空隊には有線通信が繋がりました!航空隊基地も攻撃を受けています!」


 ロシア軍は、日本軍から提供を受けていたECM装置を作動させ、ソ連軍の無線を無効化していた。そして、ウラジオストクとイルクーツクへの通信ケーブルも、開戦と同時に特殊工作員が切断している。現時点でニコラエフスクは孤立無援となっていたのだ。

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