第236話 ターラント沖海戦(4)

「カヴァニャーリ提督!無線が回復しています!そ、そ、それで、イギリス艦隊司令のサマヴィルから通信です!」


「イギリス艦隊から通信だと!?連中、何を考えている?」


「どうされますか?」


「話を聞こう。繋いでくれ」


 ――――


「回線を開いてくれてありがとう。初めましてかな?私は大英帝国地中海派遣艦隊司令のサマヴィルだ」


「私はイタリア王国艦隊提督のカヴァニャーリだ。どういうつもりだ?もう勝ったつもりでいるのか?」


「ははは。勝ったつもりではない。勝ったのだよ。貴艦隊にはもう戦艦と重巡が数隻しか残っていないではないか。既に勝敗は決した。これは降伏勧告だ。大人しく北緯38度47分、東経54度05分の海域まで白旗を揚げて来い。そうすれば、捕虜としての待遇を約束しよう。もし、ターラントに引き返そうとすれば、残りの艦全てを撃沈する」


「バカか?我々にはまだ戦艦と重巡が無傷で残っている。この戦力で貴様らなど一ひねりだ。鎧袖一触というやつだよ」


「そうか。まだ戦意を失っていないようだな。日本では、お前たちイタリアのことをなんと呼んでいるか知っているか?“HETARIA(ヘタリア)”と言うそうだ。これは、“HETARE(へたれ)”と“ITALIA(イタリア)を合わせた造語で、負け犬とか意気地無しという意味だそうだよ。私は貴様たちがそこまでFifone(伊・臆病者)ではないと思っていたので安心したよ」


「くっ、ふざけるな!挑発しようとしてもその手には乗らんぞ!実際、お前らの攻撃は戦艦と重巡には通用しなかったではないか!こうして無線通信をしてきているのも、砲撃戦を恐れているのだろう!臆病者はお前たちの方だな!お前たちが卑怯者でないのなら、正々堂々と戦ってみろ!」


「ははは。面白い。お前らなど高価な秘密兵器を使用するまでもない。戦艦の主砲で海の藻屑にしてやる。では、先ほど指定した海域で待っている。海の藻屑になるために来るが良い。まあ、しっぽを巻いて逃げるようならそれでも良い。長距離攻撃で沈めるだけだからな」


 ――――


「カヴァニャーリ提督!ライミー(※イギリス人の蔑称)どもにあんなことを言わせたままにはしておけません!我々にはまだ戦える戦艦があります!戦いましょう!目に物を見せてやりましょう!」


「戦艦リットリオとローマの38cm砲は、射程44,600mあります!イギリスのネルソン級は36,000mほどのはずなので、撃ち合いになれば負けることはありません!」


 艦橋にいる者は皆イギリスの挑発に激昂していた。まだ駆逐艦と水雷艇を失っただけだ。主力の戦艦と重巡は無傷で残っている。我々は負けてはいないのだ。


「指定してきた海域には、友軍の潜水艦部隊が潜んでいるはずだ。艦隊決戦の中、潜水艦が敵に魚雷を撃つことが出来れば、十分に勝機はある」


 戦艦同士の撃ち合いになれば、敵も対潜哨戒活動は出来まい。しかも、英日艦隊を待ち受けるために、友軍潜水艦は深度90m付近の深い場所で無音待機している。この深度なら、敵の磁気探知にも引っかからずに攻撃できる可能性がある。しかも、完全無音ならソナーでも音を拾えないはずだ。潜水艦によって、数隻だけでも被害を与えてくれれば勝機は見えてくる。カヴァニャーリは潜水艦部隊に期待を寄せた。


 ――――


「イタリアは挑発に乗ってくれましたな」


 小沢司令も、ここまですんなりと挑発に乗ってくれるとは思っていなかった。ターラントに逃げ帰る所を、結局はミサイルで撃沈するだろうと思っていたのだ。


「ええ、どちらにしても、イタリアにはこのまま全滅するか降伏するかの二択しかありませんでしたからね。艦隊決戦はイタリアにとって最後のチャンスだということを理解しているのでしょう」


「一発逆転というヤツですね。では、その海域までの潜水艦は我々が片付けます。それと、万が一、取りこぼした潜水艦がいるとまずいので、大淀型巡洋艦を4隻護衛に付けさせていただきます」


「ありがとうございます。日本海軍の協力に感謝します」


 そして、イギリス海軍の戦艦5隻と大淀型巡洋艦4隻は指定した地点に向かった。


 ――――


 1940年4月24日午前5時


 東の水平線に、太陽の頭が見え始める。辺りは十分に明るくなっており、南西方向の水平線には何も見えない。不気味な静けさの中、イタリア艦隊は指定された海域に近づきつつあった。


「重油です!救命胴衣やその他の浮遊物も見えます!」


「なんだと!」


 イギリス艦隊を警戒していた観測員が、海面に重油や救命胴衣が浮かんでいることに気づいた。この海域には、友軍の潜水艦が潜んでいたはずだ。その海域に重油が浮かんでいるという事の理由は、一つしか無かった。


「潜水艦がやられたのか・・・・」


 カヴァニャーリは“やはりか・・”と思ったが、どちらにしても90mの深度にいる潜水艦に連絡を取る方法はない。潜水艦隊は、あらかじめ立てた作戦に従うしかなかったのだ。


「偵察機を出せ。なんとしても、敵艦隊を見つけるのだ!」


 現在、リットリオとローマのレーダーは使えている。しかし、いつ妨害されるかもわからないし、レーダーでは水平線より遠くの船は探知できないので偵察機を出すことにした。


 カヴァニャーリ提督の命令によって、リットリオに搭載されているIMAM Ro.43水上機が2機発艦する。無線妨害を予想して、発光信号の打ち合わせもしていた。これで、水平線より向こうにいるイギリス艦隊を発見して、アウトレンジで攻撃を仕掛ける。これしか、もうイタリア艦隊に勝てる要素は残っていなかった。


 イタリア戦艦の艦橋では、索敵に上がったRo.43の姿を祈るように皆見つめていた。


 しかしその時、5kmほど南西を飛んでいたRo.43が突然爆発したのだ。


「なっ・・・・・」


 何の前触れもなく爆発し、そのまま四散してしまい、バラバラとその破片が水面に落ちていく。偵察機をすがるように見ていたカヴァニャーリたちは、完全に言葉を失ってしまった。さらに、追い打ちをかける情報が入ってくる。


「レーダーも使えなくなりました!無線も使えません!」


「くそっ!なにが正々堂々撃ち合いだ!観測機もレーダーも封じて、我々を一方的に攻撃するつもりか!この卑怯者ども!お前らイギリス人には誇りはないのかっ!二枚舌野郎!」

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