第235話 ターラント沖海戦(3)
1940年4月24日午前1時55分
「レーダーが・・・異常な反応を示しています!全方向からレーダー反射波が返ってきています!」
「どういうことだ!?敵の総攻撃か!?」
「いえ、これは、故障?リットリオにも確認してみます!」
戦艦ローマの艦橋が、にわかに慌ただしくなる。ローマとリットリオに搭載されている実用化されたばかりのレーダーが使えなくなってしまったのだ。これでは、敵の接近を探知できない。
「カヴァニャーリ提督!無線も使えません!リットリオからの発光信号では、やはりレーダーが異常を起こしているようです!おそらく敵の妨害電波です!」
「なんだと!?敵は無線だけではなくレーダーも無効化できるのか!?しかし、それなら敵のレーダー誘導兵器はどうやって?」
レーダーには、通常はセンチメートル波の電波を使う。同じ波長の妨害電波を出せば理論的にはレーダーを無効化できると思われるが、しかし、そうすると敵もレーダーを使えなくなるのではないだろうか?それとも、こちらのレーダーだけ無効に出来る技術があるのか?
「レーダーの波長を変えてもダメです!全波長領域で使えません!」
突然無線もレーダーも使えなくなったと言うことは、いずれにしても敵は攻撃を仕掛けてくるはずだ。敵艦隊はまだ200kmほど離れた距離にいると推測されている。ならば、例のロケット攻撃だろう。
「全艦に警戒を出せ!敵のロケット攻撃があるはずだ!レーダーが使えない以上、ロケットの噴射炎を発見するしかない!総員見落とすな!」
旗艦のローマから、各艦に発光信号が発せられた。そして、水兵たちは対空銃座に着座し南西の空を睨む。艦橋からは、サーチライトの光が水平線に向かって放たれる。レーダーが使えない以上、自分たちの目だけが頼りだ。何としても水平線上で発見し、迎撃しなければならない。もし、迎撃に失敗すれば、自分自身の命はあと数分しかないと言うことを皆自覚していた。
午前2時12分
戦艦ローマの艦橋は、ピリピリとした緊張感に包まれていた。皆南西の空を睨んで一言もしゃべらない。今日は満月なので、レーダーが使えなくても必ず観測員が見つけてくれるはずだ。カヴァニャーリ提督は部下を信頼し、その命運を預けていた。
「南西の水平線方向に何か見えます!こちらに近づいてきているようです!数は・・10・・15・・増えています!」
艦橋の上に位置する観測所から、伝声管をつたって観測員の声が響いた。どうやらロケットの噴射炎かサーチライトに照らされたロケット本体を発見できたようだ。
「でかしたぞ!全艦に連絡だ!レーダー欺瞞アルミ箔を発射!対空銃座は各個の判断で射撃を開始しろ!」
戦艦ローマから、艦隊の各艦へ発光信号によって命令が伝えられる。その頃には他の艦の観測員も近づいてくるロケットを発見し、迎撃の指示を出していた。
ボン!ボン!ボン!
各艦からレーダー欺瞞アルミ箔が擲弾筒より発射される。これは、陸軍で使用している81mm迫撃砲M35の弾にアルミ箔の束を仕込んだ物だ。発射後50mくらいでアルミ箔を覆っている“殻”が風圧で剥がれ、その勢いでアルミ箔が散らばるようになっている。内蔵されるアルミ箔は、予測される敵レーダー波長の整数倍になるように切られたものが、何種類か入っていて、英日軍がどんな周波数を使っていたとしても必ず欺瞞できると期待されていた。
夜空に舞ったアルミ箔は月明かりに照らされて、キラキラと輝いていた。満月のために星があまり見えていなかった地中海の空が、たちまちにして賑やかになる。
そして、月明かりやサーチライトに照らされたロケットは、対空銃座を担当する水兵にも見えるようになり、次々に発砲が開始された。
多数増設された13.2mm機銃は止めどなく火を噴き、弾は曳光弾の光りの尾を引きながら水平線に向かって伸びていく。100隻もの艦隊が発射する対空砲の曳光弾が、真夜中の海を明るく照らし出していた。
近づいてくるロケットを捉えたサーチライトの光は、そのロケットを追い続けることに成功していた。サーチライトを操作する水兵の、訓練のたまものだ。そして、対空機関砲はサーチライトの先にあるロケットに向けて放たれ続ける。しかし、当たらない。
直径35センチほどしかないロケットに、近接信管もない機銃弾が、そうそう当たるはずはないのだ。
しかも、接近してくるロケットの全てを、サーチライトが捕捉しているわけでもなかった。
ドーーン!ドーーン!ドーーン!
「くそったれ!レーダー欺瞞は出来なかったのか!?」
周りの艦艇が次々に爆発を始めた。日本艦隊から一斉に発射された対艦ミサイルなので、当然、着弾もほぼ同時になる。先発している日本軍の哨戒機3機は、それぞれに担当する敵艦にミサイルを正確に誘導し、次々に命中させていた。宇宙軍の開発したミサイルには、チャフ(欺瞞アルミ箔)に対する判別アルゴリズムが搭載されている。初歩のチャフなど意味を成さなかった。
そして、数分遅れて九七式戦闘攻撃機から発射された空対艦ミサイルが着弾を始めた。
「軽巡、駆逐艦、水雷艇に被害が集中しています!目視できるだけで、80隻以上の艦艇が攻撃を受けた模様!」
マストの観測所から、伝声管をつたって悲鳴に似た報告がされる。最初の爆発からまだ5分ほどしか経過していない。それにも関わらず、軽巡と駆逐艦・水雷艇のほとんどが被弾し、おそらくは戦闘不能になってしまったと思われた。
カヴァニャーリ提督は戦艦ローマの艦橋から、松明のように燃え上がっている多くの艦艇を見ている。本当にこれは現実なのか?たったの2分で、100隻を越える大艦隊のほとんどが失われたというのか?
第一波の攻撃以来、今のところ英日軍からの攻撃は無い。カヴァニャーリ提督には、返って不気味に感じられていた。
「生存者の救出を急がせろ!それと正確な被害報告だ!」
報告によると軽巡・駆逐艦・水雷艇のほとんどが被弾し、半数以上が轟沈、残りは大破とのことだ。現時点に於いて健在なのは、戦艦6隻と重巡7隻、それに数隻の海防艦だけだった。
「なぜ、連中は戦艦と重巡を狙わなかったんだ?それとも、戦艦と重巡のレーダー欺瞞が成功したと言うことか?」
カヴァニャーリ提督は、戦艦重巡とその他の艦艇の違いを考える。たしかに、戦艦と重巡には、他の艦艇よりも多くのレーダー欺瞞アルミ箔を搭載していた。その違いが結果に表れたのだろうか?もしそうだとすれば、なんたる失態!もっとたくさん欺瞞アルミ箔を搭載できれば、これほどの被害はなかったのではないかと後悔していた。
「カヴァニャーリ提督!無線が回復しています!そ、そ、それで、イギリス艦隊司令のサマヴィルから通信です!」
12月28日から1月3日まで休載します。年明けの更新は1月4日木曜日を予定しています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます