第234話 ターラント沖海戦(2)

1940年4月23日16時


 日英艦隊はマルタ島沖を出航し、シチリア島の東を通ってターラント港を目指している。大淀型巡洋艦矢矧を先頭に、その後ろを5隻の戦艦が単縦陣で進む。そして、艦隊の両脇一番外側に日本の巡洋艦を配置し、内側にイギリスの巡洋艦・駆逐艦、そして最後尾に空母が続くという陣形だ。


 進撃に当たって無線封鎖などは行っていない。艦同士の無線通信も通常通り行っている。これは艦隊の行動を隠そうとしても、シチリア島のエトナ山山頂付近から監視されると、どうしても見つかってしまうため無意味であるという判断からだ。


 エトナ山の高さは3,357mあり、水平線までの見通し距離は210kmにも及ぶため、山頂付近の何カ所かに、イタリア軍の監視所が設けられていた。


「イタリア艦隊に動きは無いか?」


「はい、小沢司令。北緯39度16分、東経17度47分に集結したまま動きはありません。昨日までは、攻撃機による対艦攻撃の訓練をしていたようですが、我が艦隊の動きを察知してか、本日は航空部隊の動きは確認できていません」


「そうか。潜水艦もこの付近から消えている。おそらく、艦隊の前衛に潜んでいるのだろうな」


 イタリア軍はトリポリとベンガジの壊滅を受けて、シチリア島に配備していた航空機のほとんどをターラント湾近辺に移動させていた。また、潜水艦も呼び戻し、イタリア艦隊の前方に潜ませている。ターラントを攻撃するであろう英日艦隊を、ターラント湾入り口にて迎え撃つためだ。


 ――――


「英日艦隊はシチリア島の東の洋上200km付近を、北東に22ノットで移動しています。内訳は戦艦5、巡洋艦駆逐艦24、空母3です」


「直線距離でここから400kmか・・。やつらの対艦ロケットなら、そろそろ射程に入る頃だな」


「はい、カヴァニャーリ提督。全艦、対空防御態勢を敷いています。それに、こちらには100隻以上の艦艇があるので、日本軍の対艦ロケットが襲ってきたとしても、全艦を沈めることは出来ないでしょう。それに、戦艦リットリオとローマには新開発のグーフォ・レーダーが装備されています。夜間でも敵ロケットを発見できるはずです」


 ※史実より早く開発され、戦艦に搭載されている


「しかし、もうすぐ日が沈む。連中は夜間攻撃を狙っているのだろう。レーダーで発見できれば、妨害銀箔を射出できるか。これで、ロケットの進路を妨害できれば良いのだがな。あとは、ロケットの噴射炎の光りを頼りに機銃掃射か。最後は機銃手頼みだな」


 イタリア艦隊としては、予測される対艦ロケット攻撃をなんとか防ぎきって、夜明けまで持ちこたえるしかなかった。こちらから打って出ても、航空支援も受けられない状態では袋だたきに遭うだけだ。今夜はほぼ満月なので、夜中でもかなり遠くまで見通せるが、英日艦隊には高性能なレーダーがあるので、近づくのは難しい。


「やはり、作戦通り待ち構えるしか無いか・・・。朝までなんとしても持ちこたえろ!そして、夜明け1時間前に駆逐艦と水雷艇を発進だ!全力で突入させる!10kmまで英日艦隊に肉薄して魚雷を全弾発射だ!」


 ――――


 日英艦隊は、イタリア艦隊まで200kmの距離に迫っていた。雲も風もほとんど無く、西の空には満月が輝いている。地中海の水面は小さい波が月の明かりを反射して、まるで星屑が眠っているようだった。そして、月が演出する金色の静寂(しじま)に、世界は閉ざされている。


 英日艦隊32隻は、速力を13ノットにまで落として航行していた。全艦無灯火なので、月明かりに照らされた黒く巨大な物体が海上を滑る様は、まるで死神たちの行進のようでもあった。


 1940年4月24日午前2時


「定刻だ。ケチャップ作戦開始!」


 小沢の命令が、永遠とも思われた静寂を打ち破る。そして、命令を受けた士官たちは、慌ただしく各部署へ命令を伝達した。ついに、イタリア艦隊を滅ぼすときが来たのだ。


 空母瑞鳳の前方を航行する大淀型巡洋艦と、重巡摩耶・三隈のVLSから次々と対艦ミサイルが発射される。その噴射炎は闇夜を切り裂いて一度上昇した後、海面すれすれまで高度を下げてイタリア艦隊を目指す。


 そして、最後尾を航行する空母瑞鳳の甲板の照明が、一斉に照らされる。飛行甲板では、ヘルメットにライトを付けた兵卒たちが慌ただしく作業を開始した。


 艦首に設けられているカタパルトに航空機がゆっくりと進入してくる。カタパルト要員は安全を確認し、航空機の前脚から突き出たローンチバーを、カタパルトのシャトルにセットする。


 カタパルト後ろにあるジェット排気遮蔽板がせり上がったことを確認して、パイロットに蛍光棒を振って指示を出した。


 パイロットがスロットルレバーをアフターバーナーの位置まで押し上げると、エンジンからはすさまじい爆音が響き出す。


 パイロットは異常の無いことを確認し、ヘルメットをヘッドレストに押し当ててカタパルト長に敬礼をした。


 それを確認したカタパルト長は片手を前方に伸ばし、“発進”の指示を出す。


 ゴオオオオォォォォォ!!


 カタパルトのシャトルは激しく水蒸気を排出しながら、20トンにも及ぶ航空機を空に押し出した。


 2発の空対艦ミサイルを搭載した九七式戦闘攻撃機30機と巡洋艦から発射された艦対艦ミサイル60発が、地中海の空をイタリア艦隊に向けて進んでいく。


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