第233話 ターラント沖海戦(1)
「イタリア艦隊と艦隊決戦をしたいのです!」
イギリス海軍のサマヴィル司令がとんでもない事を言い出した。
「え?艦隊決戦ですか?」
「はい、艦隊決戦です。イタリアは6隻の戦艦を集結させているのでしょう?ならば、ここは正々堂々、我々も戦艦によって撃ち合いをするべきです。我々英国海軍の将兵は、日本の東郷元帥を尊敬しているのですよ。あの日本海海戦のような、戦艦同士の撃ち合いで雌雄を決するのです。それによって徹底的にイタリアの戦意をくじき、降伏に追い込むことが出来るのですよ!」
小沢司令は、最初何かの冗談かとも思ったが、サマヴィル司令の表情は真剣そのものだった。真剣そのものなのだが、目の輝きだけは少年の様にキラキラとしている。何か、変な薬でも飲んだのだろうか?そんな不安が小沢の脳裏をよぎった。
「サマヴィル司令。しかし、ご説明したとおり我が軍には、500km離れた敵艦隊を撃滅できる武器があるのです。そして、貴軍の戦艦にはターラント軍港を灰燼に帰すという重要な役割があるではないですか。あえて危険な艦隊決戦を挑まなくても良いのではないかと思うのですが?」
小沢は、至極まっとうな返事をする。安全な遠距離から敵を撃滅出来るのに、あえて艦隊決戦を選択する意味が解らない。いや、本当に解らないのか?小沢は自分の心に問いかけた。海に命を賭ける“漢(おとこ)”ならサマヴィルの言っていることがわかるのでは無いか?自分自身も、かつてそんな熱い想いを持っていなかったか?
小沢は、宇宙軍の高城(たかしろ)蒼龍からレーダー技術について説明を受けたときのことを思い出した。
当時の小沢治三郎は、夜間艦隊決戦における水雷艇と駆逐艦運用の研究をしていた。敵から発見されにくい夜間に、敵艦隊に肉薄し魚雷攻撃を仕掛けるという作戦だ。しかし、高城蒼龍からレーダーの事を聞いて、自分が研究していたことが完全に無駄になってしまったと落胆した物だった。今のサマヴィル司令は、その時の小沢の様な気持ちなのだろうと推測する。
イギリス艦隊は戦艦同士の決戦のため、日夜砲術の訓練をして来たに違いない。しかし、日本軍の新技術によってパラダイムシフトが起きてしまったのだ。それまで歯を食いしばって磨いてきた技術が、一瞬にして“無駄”だと言われたようなものだ。サマヴィル司令が、その事を受け入れることが出来ないのも良くわかる。
小沢の胸には、熱い物がこみ上げてきていた。
「サマヴィル司令。その事は、貴国の本国は了承されているのですか?損害が出るかも知れないのですよ?」
小沢はサマヴィルの目をまっすぐに見ながら問いかける。覚悟はあるのかと。
「もちろんです。この事は私だけでは無く、戦艦の乗員の総意でもあります。これは”決闘”なのです。是非とも、我々に艦隊決戦をやらせてほしい!」
小沢はサマヴィルの手を両手でがっしりと握り、大きくゆっくりと頷く。
「サマヴィル司令の御覚悟は良くわかりました。この事は本国に打診します。必ずや、艦隊決戦に持ち込みイタリア艦隊を撃滅しましょう!」
小沢は統合幕僚本部に打診をする。却下された場合はどのように説得しようかと悩んでいたのだが、サマヴィルと小沢の提案は、あっさりと了承されてしまった。海軍の軍人なら、誰しも艦隊決戦にロマンを感じている。皆、サマヴィルとイギリス海軍将兵の気持ちが、痛いほど良くわかったのだ。
――――
トリポリとベンガジの生存者からもたらされた情報は、イタリア軍を騒然とさせていた。
「対空誘導ロケットに対艦誘導ロケットだと?300km離れた英日艦隊から放たれたロケットで、駆逐艦隊が全滅!?戦闘機300機もやられて、日本軍機を一機も落とせなかったというのか!?」
これが本当だとしたら、スパイからもたらされた情報は正しかったと言うことだ。話を総合すると、対艦ロケットは海面すれすれを時速1,000km程度で飛んでくるらしい。そして、そのほとんどが艦の中央付近に着弾している。
技術部の考察によれば、超小型レーダーを搭載して、反応の大きい所に向かうようになっているのでは無いかということだった。だから、艦の中央部に命中したのではないかと。
「これを防ぐ方法は無いのか?」
「はい、カヴァニャーリ提督。敵のレーダーを攪乱するために、アルミ箔の短冊をばらまくのが有効との事です。艦影を電波で確認する為には、おそらくセンチメートル波を使っていると思われるので、予想される周波数に応じた長さのアルミ箔をセットし、それを打ち出す事によって敵の誘導ロケットを無効化できるはずです。昨年末にドイツから”索敵レーダーの欺瞞に有効だ”というこで伝わった情報なのですが、もしかするとドイツ軍もこの誘導ロケットのことを把握していたのかもしれません」
「ドイツは知っていて我々に伝えなかった可能性があるのか?」
レーダー技術については、各国で研究されていくつか実用化もされているので、その対抗策の研究がされていてもおかしくは無いかとも思うが、もしドイツが誘導ロケットのことを把握していたにもかかわらず知らせなかったとしたら、重大な背信行為だ。
「対空ロケットに対しても同じ事が出来るのか?」
「はい。航空機にも同じように対策が出来ます。アルミ箔のポッドを懸架し、敵のロケットが近づいて来たときにばらまきます。これらの対策は、艦船には数日あれば実装できます。航空機にも、一週間あればかなりの機数に実装できると思われます」
「そうか。なら、すぐに取りかかってくれ。この対策が、英日艦隊との決戦の行方を左右するはずだ」
イタリア軍は、艦船には擲弾筒から発射できるアルミ箔の束を作り、大型艦には30セット以上、小型艦には10セット以上を4日で実装した。航空タイプも、小隊の隊長機にだけ実装することが出来た。
そして、全艦に水平方向の監視を厳重にするよう伝達を出した。ロケットを見つけ次第、増設した13.2mm機関砲で撃ち落とすのだ。
実際に有効かどうか確認することは出来ないが、理論上はかなりの効果を発揮するはずだ。これなら、確実に互角以上の戦いが出来る。カヴァニャーリ提督はそう確信した。
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