第231話 マルタの嵐(14)

「敵爆撃機、接近してきます!」


「対空砲と高射砲は各自の判断で攻撃を開始しろ!あんなのろまな爆撃機を近づけさせるな!」


 イタリア軍の対空砲と高射砲部隊は、接近してくるソードフィッシュ隊に対して、射撃を開始した。13.2mm機関砲は最大射高3,500mほどなので、高度2,500mで侵攻してくるソードフィッシュに対しては、弾道が山なりになってしまい命中率が悪くなる。それでも、対空銃座の射手はソードフィッシュの未来位置に向けて撃ち続けた。


 夜が明けたばかりの空に、すさまじい数の曳光弾が飛び交う。これだけ撃てば、低速で侵入してくるソードフィッシュの大部分を撃墜できると思っていた。


「なぜだ!?全く当たらないではないか!」


 管制塔から、迫り来るソードフィッシュを見ていた基地司令は、いらだちを隠す事が出来なかった。味方の射撃は、あんなのろまな爆撃機に対して全く命中弾を出すことが出来ていない。


「くそっ!これだけ撃って何で当たらないんだよ!!」


「遅い!遅すぎるんだ!ソードフィッシュが遅すぎて当たらないんだ!」


 対空砲を撃つ場合、敵機の高度や速度によって未来位置を計算する。対空銃座には計算早見表が備え付けられているし、その早見表に従って射撃をする訓練をしていた。しかし、時速200km以下で侵入してくる敵を想定した準備はしていなかったのだ。


 放たれた弾丸は、全てソードフィッシュの前方の空を撃ち続けていた。ソードフィッシュがあまりにも遅すぎたために、命中弾を出すことが出来ないという事態が発生していた。さらに、命中した弾も布張りの主翼や胴体を突き抜けてしまい爆発しなかったのだ。


 そして、滑走路上空に侵入してきたソードフィッシュ隊は、露天駐機している航空機やハンガーに対して爆撃を開始した。高度2,500mからの水平爆撃だと、なかなかピンポイントで命中弾を出すことは出来ないが、露天駐機している航空機から50m以内に着弾すれば、何らかの損傷を与えることが出来る。


 爆撃開始前に数機が被弾し撃墜されてしまったが、それでも88機のソードフィッシュが投弾に成功し、合計176発の500ポンド爆弾がイタリア軍航空基地を襲った。炸薬量の合計は16トンにもおよび、基地の能力のほとんどを奪うことに成功した。


 ――――


「ソードフィッシュ隊より入電。イタリア軍航空基地の無力化に成功。無力化に成功です!」


 旗艦ネルソンの艦橋で、司令のサマヴィルはソードフィッシュ隊のユージン・エズモンド少佐からの通信を確認する。イタリア軍駆逐艦も攻撃機も全て無力化出来た。これで、トリポリを守るイタリア軍はもう存在しない。これから戦艦五隻による艦砲射撃によってトリポリの港湾施設を灰燼に帰すのだ。サマヴィルは高揚を隠す事が出来なかった。


「よし、全艦トリポリに向けて前進だ!戦艦の力を思い知らせてやれ!」


 イギリス艦隊は空母とその護衛の駆逐艦を残して、戦艦5隻、巡洋艦8隻が前進を開始した。そして、日本からは大淀型巡洋艦4隻が護衛のため随伴している。


 また、帰投したソードフィッシュは再度爆装して、艦砲射撃が終了した後に残存している貨物船や港湾施設を破壊する予定だ。この作戦で、完全にトリポリを沈黙させる。


 ――――


1940年4月12日 15時00分


 トリポリ沖13km地点に布陣したイギリス艦隊は、イタリアへの警告無しにトリポリ港湾施設への砲撃を開始した。無線封鎖を解くわけにはいかなかったからだ。


 戦艦ネルソン 41センチ砲9門

 戦艦ロドニー 41センチ砲9門

 戦艦アドミラル・ヤマグチ 41センチ砲8門

 戦艦アドミラル・トーゴー 41センチ砲8門

 戦艦フッド  38センチ砲8門


 合計42門の主砲が止めどなく火を噴き、トリポリ港に襲いかかる。イタリア軍航空戦力が壊滅しているため、安心して着弾観測機を飛ばすことが出来た。


 戦艦フッドから発艦したフェアリー・フライキャッチャーは、トリポリ港の手前3kmほどの地点で着弾観測の任務に就いた。


 洋上の戦艦が主砲を発射してから着弾まで、約20秒かかる。そして、目をこらしてよく見ると、41cm砲の巨大な弾頭の軌道を確認することが出来た。


 ほぼ一斉に発射された42発の主砲弾は、そのほとんどが港湾施設に見事着弾した。その内の何発かは、桟橋に停泊していた輸送船を直撃し轟沈させることに成功する。


「命中弾多数!照準そのまま!」


 着弾観測機から艦隊に通信が入る。戦艦同士の海戦だとお互いに動きながらの砲撃になるため、初弾から命中させることなどほぼ不可能だ。しかし、今回の攻撃は巨大な港湾施設に対して、停止している戦艦からの砲撃だ。海軍国である練度の高いイギリス海軍が、目標を外すはずはなかった。


 41センチ砲弾には、53kgの炸薬が内蔵されている。38センチ砲弾には約40kgだ。一斉射42発の発射で、2,100kgもの炸薬がマッハ2でトリポリ港に投入されたのだ。その破壊力はすさまじく、たちまちにしてトリポリ港を更地に変えていく。


 その様子を見ていた観測機のパイロットは、海上から襲ってくる発射時の衝撃波と、港から襲ってくる爆発時の衝撃波に晒され続ける。ドイツ軍の進撃に乗じて連合国に襲いかかってきた、卑怯者のパスタどもが焼き殺される様は、本来なら嬉しいはずなのだが、現実にそこで起こっている惨劇を上空から目の当たりにして、自らの行いに恐怖していた。


 戦艦からの艦砲射撃は、各砲ごとに35発が発射された。30分程度の攻撃であったが、その間に1,470発の主砲弾が降り注ぎ、爆発した炸薬量は75トンにも及んだ。


 主砲攻撃の後、残存施設や艦船の破壊のために到着したソードフィッシュ隊は、トリポリ港の炎と煙で地上目標を見つけることが出来なかった。爆装したままでは空母への着艦は出来ないので、洋上に避難した輸送船を見つけては水平爆撃を敢行する。そして、何隻かの輸送船を破壊することに成功した。


 トリポリ港を完全に破壊した日英艦隊は、そのまま500km東にあるベンガジを目指す。そして翌日、艦船も航空機もほとんど無いベンガジは、大した抵抗も出来ないまま、港湾施設の全てを破壊されてしまった。


 ――――


 1940年4月13日


 イタリア ローマ


「トリポリとベンガジはどうなっているのだ!」


 完全に連絡の途絶えたトリポリとベンガジの安否について、ムッソリーニがカヴァニャーリ提督を怒鳴りつけていた。


 イタリア・アフリカ艦隊と航空戦力を、トリポリに集結させて日英艦隊を迎え撃つという作戦の説明は受けていた。そして、1940年4月12日未明に通信が途絶え、それ以降何の情報も入ってきていない。国際有線電話網は、イギリスが支配しているエジプトかジブラルタル海峡を通るため、リビアからの通話・通信は既に遮断されている。シチリア島から偵察機を何機か飛ばしたが、全て行方不明だ。


 おそらく日英艦隊に攻撃されたのだろうが、何の連絡もなく全滅させられると言うことがあるのだろうか?ムッソリーニとカヴァニャーリ提督は、最悪の予測が頭によぎっていた。


 そして翌日、ムッソリーニは外信(外国の通信社)によって、トリポリとベンガジの現在を知ることになる。

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