第229話 マルタの嵐(12)

「イタリア軍戦闘機、離陸してきます。機数は200。あと15分で射程距離に入ります」


 哨戒機から、敵機発見の連絡が入る。戦闘機は300機程度集結しているという情報だったが、その内、200機を迎撃にあげたようだ。


「どうせなら、全機離陸してくれれば良かったんだけどな」


 今迎撃に向かっている200機は、全機撃墜できるだろうが、残りの100機がソードフィッシュと乱戦になってしまうと、対空ミサイルが使えない。ソードフィッシュには敵味方識別装置が付いていないので、対空ミサイルだと誤射の危険があるのだ。


「目標まで距離100km。1番機から50番機まで対空ミサイル発射」


 哨戒機からミサイル発射の指示が飛ぶ。


 今回の作戦では、九九式艦上戦闘機70機が攻撃に参加している。各機、翼下に4発の対空ミサイルを搭載しているため、200機の敵機に対して1番機から50番機まで対空ミサイルを発射した。


 発射されたミサイルは、哨戒機の誘導で正確にイタリア軍戦闘機に向かって飛んでいく。ミサイルから噴き出す噴射煙を朝焼が赤く染め上げ、まるで神の騎兵が駆け抜けていくかのような、神秘的な光景を映し出していた。


 ――――


「前方30kmの洋上に爆発を確認!友軍艦隊が攻撃を受けている模様!」


 日英軍の航空機を迎撃するために発進したイタリア軍G.50フレッチャ戦闘機隊は、前方約30km付近の海上で、次々に爆発を起こしている友軍艦隊を確認した。指示を受けてすぐに離陸したが、敵機の方が速く艦隊に到達してしまったようだ。しかしソードフィッシュの速度で、こんなに速くたどり着けるとは思えなかったので、噂の日本の新型機の攻撃だろうかとも思う。


 戦闘機隊のリグット中尉は、すぐさま基地に報告をする。


 しかし、帰ってくるのはノイズばかりで返答が無かった。おかしいと思いながら、僚機にも注意を促す。


「付近に敵機がいるはずだ!注意を怠るな!」


 しかし、僚機からも返答は無く、無線機からはノイズだけが聞こえていた。


「くそっ!これが日本軍の妨害電波か!」


 僚機や基地と連絡が取れないまま、戦闘機隊のリグット中尉は前方の空域を凝視する。無線が使えない事を悔やんでも仕方が無い。どうせ、戦闘中は無線など使わないのだ。我々の仕事は敵機を見つけて撃墜することだけなのだから。


 すると、北の空から朝焼の光りに照らされた物体がいくつか見えてきた。


「敵機だ!数は100以上!全機迎撃態勢に入れ!」


 無線が使えないとわかっていても、念のため僚機に対して送信をする。しかし、やはりノイズばかりで返答は無い。


 見かけの大きさからすると、敵はかなり遠くにいるようだ。会敵までまだ数分ある。リグット中尉は、自らが率いる小隊だけでもと思い、徐々に高度を上げて有利なポジションを取ろうとする。


「えっ?」


 と、その時、左前方を飛行していた友軍機が突然爆発を起こした。片翼がちぎれて、回転をしながら墜落する。そして、周りの友軍機も次々に爆発を起こしていく。


「何だ!何が起こっている!?」


 無事な友軍機は、パニックを起こしたように機体をひねったり急降下をしたりしている。見えない敵からの攻撃を少しでも避けようとしているようだった。しかし、そんな努力はほとんど徒労に終わってしまう。


 日本軍からの謎の攻撃は、確実に、正確にイタリア軍機を撃墜していった。


 日本軍機から発射された対空ミサイルは、哨戒機からのレーダー誘導によってマッハ3以上の速度で敵機に命中する。


 ミサイルは小さいため、見かけの大きさで判断すると距離を見誤ってしまう。撃墜された者達のほとんどは、その存在にも気づくことは出来なかっただろう。運良くミサイルを発見できたリグット中尉も、その時には、すでに至近距離にいたのだ。


 迎撃に上がったイタリア軍機200機の内、一瞬にして191機が撃墜されてしまう。奇跡的に生き残ったリグット中尉を含む9機は、機首を南に向けて撤退せざるを得なかった。


 ――――


1940年4月12日 午前6時10分


 奇跡的に生き残った9機のイタリア軍戦闘機G.50フレッチャが、なんとか航空基地までたどり着いた。被弾している機は無かったが、一瞬にして190機もの友軍機を目の前で撃墜されたのだ。みな、命からがらなんとか逃げて帰ってきた。


 何とか死に神の鎌から逃げることが出来た。もう無理だ。あんな連中に勝てるはずは無い。そんな思いで基地まで戻ってきた9人の兵士を、さらなる悲劇が襲った。


 無線が全く使えない中、飛行場に飛来した航空機を敵機だと思った対空砲部隊が発砲を始めてしまったのだ。


「や、やめろ!味方だぞ!撃つな!やめてくれ!やっと生きて帰って来れたんだよ!」


 リグット中尉は無線機に向かって叫ぶが、やはり何の返答も無かった。そして、リグット中尉は友軍の13.2mm対空機関砲に貫かれ、愛機のコクピットを真っ赤に染めてしまった。


「何をやっている!あれは友軍機だ!すぐに射撃を止めさせろ!」


 基地司令はすぐに射撃中止命令を出すが、既に2機の友軍機が撃墜されていた。せっかくあの戦場から生きて帰ってきたのに、最後の最後で味方に殺されてしまったのだ。


 そして、なんとか生き残った友軍機7機を着陸させた頃、北の空を双眼鏡で監視をしていた観測員が大声で叫ぶ。


「北の方向に航空機です!距離40km、機数50以上!敵機の可能性有り!」


「今度は間違えるなよ!戦闘機を全機迎撃に上げろ!対空砲は撃つな!50機が相手なら、100機のG.50で対応出来る!相手を確認してから攻撃をしろ!」


基地司令の命令を受けて、スタンバイしていた100機の戦闘機が次々に離陸をしていった。来襲した航空機が敵機なら、友軍機200機の交戦を回避した部隊であろうと皆思った。今帰ってきた9機のG.50は、被弾したり何らかのトラブルで戦域を離脱してきたのであって、残りの機体はまだ戦っているはずだ。まさか、残り全機が撃墜されているなど、誰も想像していなかったのだ。


「やめろ!離陸するな!みんな、みんなやられるぞ!」


着陸したばかりのパイロットが大声で叫ぶ。飛び立っていく友軍機に向かって、何度も何度も叫んだ。しかし、その叫び声が届く事は無かった。

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