第228話 マルタの嵐(11)
1940年4月12日 午前5時40分
「目標、イタリア・アフリカ艦隊。対艦ミサイル発射」
小沢司令は南の空を睨みながら、静かな口調で命令を出した。そして、インカムの向こうから復唱が帰ってくる。本当に簡単なやりとりだ。するべき事は事前に決まっている。皆、作戦に従って歯車のように動くだけだった。
空母瑞鳳の周りに展開している大淀型巡洋艦3隻のVLS(垂直発射筒)から、次々にミサイルが発射される。このミサイルは、ファウルネス島沖海戦で使用した対戦艦用のミサイルでは無く、装甲の薄い巡洋艦や駆逐艦を攻撃するタイプの巡航ミサイルだ。海面すれすれをマッハ0.9程度の速度で進み、そのまま目標の艦に命中する。21世紀のハープーンの様な、敵艦の前で一度上昇し、斜め上から突入する機能は実装されていない。
この海戦は小沢にとって、初めての本格的な戦闘だ。そしてこの命令によって、おそらく数分後にはイタリア艦隊は全滅。数千人の死傷者を出していることだろう。これから死にゆくイタリア軍将兵に対して、小沢はしばし瞑目した。
ちょうど東の水平線に、太陽の頭が見え始めてきている。薄明の地中海は朝焼けの光りで、血を流したような色に染まっていた。
午前5時55分
トリポリ沖 10km洋上
イタリア・アフリカ艦隊の駆逐艦と海防艦22隻がジグザグ航行をしている。トリポリ基地から日英軍の爆撃機隊が向かっているとの連絡があったため、航空攻撃および潜水艦攻撃を警戒してのことだ。高角砲は北の空を向き、そして、急遽増設した対空用13.2mm機銃にも水兵を配置した。
「空母3隻からの攻撃なら、場合によっては200機を越えるかもしれんな・・・・・」
イタリア駆逐艦アルヴィーゼ・ダ・モストの艦橋では、艦長のサデーロが北の空を双眼鏡で見ながらつぶやいていた。
この戦争が始まって以来、地中海での通商破壊に従事していたが、レーダー装備の無いこの船ではイギリスの輸送船を発見することも難しい。戦果としては、昨年秋のフランス侵攻時にフランス商船を2隻撃沈しただけだった。そして今日、初めて敵の軍を相手にした戦いが始まる。
日の出から15分が経過し、辺りは明るくなっている。雲もほとんど無いので、十分に警戒していれば、距離50kmくらいで敵機を発見できるはずだ。駆逐艦は小さいので、雷撃も爆撃も当たりにくい。そして、フランスから押収した13.2mm機関銃を相当数増設しているので、イギリス軍のソードフィッシュ相手ならなんとか対応出来るだろうとサデーロは考えていた。
ドーーーン!
「うぉっ!なんだ!?雷撃か!?」
近くを航行していた駆逐艦アントーニオ・ダ・ノーリが一瞬光ったかと思うと、すさまじい爆発音とともに衝撃波が駆逐艦アルヴィーゼ・ダ・モストを襲ってきた。そして、駆逐艦アントーニオ・ダ・ノーリは艦の中央付近から、はげしい煙と炎を噴き出している。
航空機はまだ発見できていない。だが、現実に攻撃を受けたとすると、潜水艦による雷撃だろうか?しかし、雷撃なら、命中時にあんな閃光を発するとは思えない。
「敵の攻撃を受けていると基地に連絡しろ!」
「そ、それが、つい先ほどから無線が使えなくなっています!おそらく妨害電波だと思われます!」
艦長のサデーロは、これが報告にあった日本軍の妨害電波なのかと思う。しかし、ついさっきまでは使えていたはずだ。日英軍は何故もっと早くから妨害電波を出さなかったのだろうか?
そんな事を考えているうちに、周りの駆逐艦や海防艦は、次々に爆発を起こして航行不能になっていた。
「くそっ!周りをよく観察しろ!雷跡を見落とすな!」
サデーロは見えない敵の攻撃によって、どうしようも無い焦燥感に襲われていた。こんなにも次々に爆発を起こしているとなると、相当数の潜水艦が潜んでいるのでは無いか?しかし、敵を一切発見出来ない。無傷の艦は狂ったように全速でジグザグ航行をし、少しでも回避しようとしている。しかし、その努力もむなしく、次々に撃沈されていった。
「艦長!ロケットです!右舷方向、海面すれすれ!こちらに向かってきます!」
目の良い観測員が、近づいてくるロケットを目視することに成功した。夜が明けたばかりでまだ見えにくい中、高速で飛翔する直径30センチのロケットを見つけることが出来たのは奇跡に近い。
「ロケット攻撃だと!対空機銃で迎撃しろ!」
艦長のサデーロは伝声管に向かって、大声で叫んだ。その声は伝声管をつたって艦橋基部の連絡所に届けられ、そこから伝令が対空銃座に走る。だが、向かってくるロケットはあまりにも速すぎた。
ドーーン!
そのロケットは、吸い込まれるように駆逐艦アルヴィーゼ・ダ・モストの艦橋基部に命中した。そして、命中した対艦ミサイルは薄い装甲を突き破り、丁度艦橋の真下付近で大爆発を起こす。その爆発力はすさまじく、一瞬にして艦橋構造物は完全に消し飛び、下方向に向かった爆発力は艦底をいとも簡単に突き破ってしまった。全長100mと少しの駆逐艦は艦橋部分で真っ二つに折れてしまい、後方部分は次々に誘爆を起こしながら沈没し、前方部分は隔壁のおかげで奇跡的に沈没を免れ、海を漂っている。そして、艦長以下、艦橋要員は一瞬にして魂を天に返してしまったのだ。
最初の爆発から1分30秒。トリポリ沖に展開していたイタリア艦隊22隻は、全艦大破もしくは撃沈されてしまった。
※土曜日曜は休載です。次回は月曜日朝の更新になります。
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