第225話 マルタの嵐(8)
マルタ島 日本海軍連絡所営倉
営倉入りを命じられた志手(しで)伍長が、宇宙軍枡大尉の尋問を受けていた。
本来は、海軍の憲兵隊が尋問を行うのが筋なのだが、この連絡所は小規模なので、スパイ活動について尋問できる海軍憲兵が在籍していなかった。其の為、宇宙軍で尋問することになったのだ。
退勤後に外出をする際は、必ず行き先を届け出なくてはならない。しかし、ミシェルの家に行った日は、“街の酒場”に行くと嘘の届け出をしており、その罰として営倉に入れられている。
「さて、志手伍長。この女を知っているな」
枡大尉は、一枚の写真を差し出した。そこには、十字のパネルを背景に、“ミシェル”と書いたプレートを胸の前に持って立っている少女の姿が写っていた。既に希望を無くし、目の輝きを失ってしまった少女の姿だ。
「えっ!?」
志手は、その写真を見て、頭の中がぐるぐると回転をはじめ、倒れてしまいそうになった。
“ああ、捕まっちまったのか・・・”
スパイ容疑で捕まったなら、おそらくミシェルを待っているのは銃殺刑だ。今回の情報だけでなく、おそらくそれ以前から情報を流していたのだろう。その多くが明るみに出れば、死刑を回避できるとはとうてい思えなかった。そして、自分自身も最悪銃殺を覚悟しなければならない。
しかし、この期に及んで、ごまかすことは出来ないと悟った志手伍長は、全て正直に話すことにした。
――――
「では、あの女に話をしたのは、空母のエンジン故障と目的地が南と言うこと、それと、対艦攻撃能力の概要ということだな」
「はい、それと、トリポリとベンガジを攻撃する時は、戦艦による艦砲射撃をするので、出来るだけ民間人は避難させた方がいいと伝えました」
「そうか、わかった。今、女の家とスパイのアジトを捜索している。証拠が出てくれば有罪は確定だな。覚悟だけはしておくようにな」
「あ、あの、俺はどうなってもいいんです。けど、ミシェルは・・・ミシェルはどうなるんでしょうか?」
「あの女か?最終的にはイギリス軍に引き渡すよ。こちらで調査した資料と一緒にな。スパイにどんな処分が下るかくらい、お前も知っているだろう」
「そんな・・・・あの子は、親を亡くして、小さい弟と妹を養うために一生懸命生きてきたんですよ。スパイだって、自分から進んでしていたわけじゃない。誰からも助けてもらえなくて、生きていくために仕方なくやったことなんですよ。それなのに、それなのに・・・・あんまりだ・・・」
「今は戦時下だ。あの女の流した情報で、何人の兵が犠牲になったかわからん。そんな事もわからないから、おまえも安易に情報を流したんだろう」
「おれはいいんです。どうなっても。でも、あの子だけは・・・。なあ、士官さんよぉ・・・戦争を始めたのは俺たち大人の責任じゃないか・・・。戦争さえなければ、あの子だって、貧しいけど普通に暮らせてかもしれないんですよ・・。俺たち大人が、戦争さえ始めなければ、こんな事にはならなかったんです・・・・・。俺たちの責任なんですよ・・・」
志手伍長は俯いていて、その表情は見えない。しかし、机の上には大粒の涙がぼたぼたとこぼれ落ちていた。
「ううううぅぅぅ・・・・・・。俺たちが戦争を始めたんだよ・・・。そのしわ寄せと責任だけ、あんな子供に押しつけるなんて・・・・・・・なぁ・・・・・・お願いだ!」
志手はそう言って、突然地べたに伏せて土下座をした。そして、泣きながら枡大尉に懇願する。
「お願いだ。俺の命はどうなってもいいから、あの子を助けてやってくれ・・・・。たのむ・・・・。子供たちが笑顔で暮らせる世界を作るのが、日本の使命なんじゃないのか?お願いだよぉ・・・士官さんよぉぉぉ・・・・」
志手は、自分の額をコンクリートの床に押しつけながら懇願する。顔は涙と鼻水でくしゃくしゃになっていた。
“子供たちが笑顔で暮らせる世界”か・・・・
枡大尉は、宇宙軍幼年学校から入ったわけではない。女学校(現在の高校)を卒業したあとに、自ら志願して宇宙軍士官学校を受験したのだ。
子供の頃、関東大震災の後にバスを運行していた宇宙軍の女性士官に憧れた。自分もあんな風になりたい。法律的には男女差別はほとんど撤廃されていたが、それでも厳然と男女差別の残る世の中だった。そんな中で、自分の能力を一番活かせるのが、宇宙軍だと思ったのだ。
そして、宇宙軍士官学校入学式の日、壇上に上がった高城(たかしろ)蒼龍の言った言葉が思い出される。
“日本だけでなく世界中の人々が、何の心配も無く笑顔で暮らせる世の中を作ることを、我々の使命だと思って欲しい”
そんな事を大まじめに言った高城に対しての第一印象は“なんて頭がお花畑なんだろう”だった。
正直、バカなんじゃ無いかと思った。こんな軟弱な考えを持っている人間が、実質軍のトップだと思うと、先が思いやられる気がしたのだ。
しかし、士官学校で学び卒業して任官され、宇宙軍軍人として活動を始めると、その目標はただのお題目ではないことがわかってきた。宇宙軍の軍人達は、皆、世界中の人々が笑顔で暮らせる世の中を作るために活動していたのだ。高城蒼龍には、自分たちには想像すら出来ない、素晴らしい未来が見えているのだと思った。そして枡大尉は、今では高城蒼龍に心酔してしまっていた。
「子供たちが笑顔で暮らせる世界か・・・・。青臭いやつだな。しかし、法律は法律だ。我々軍人がそれを逸脱することは出来んよ。ミシェルは法によって裁かれなければならない」
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