第224話 マルタの嵐(7)

マルタ島 日本海軍連絡所の中にある宇宙軍施設地下室


「じゃあ、とりあえず官姓名を言ってもらおうか?」


 一人の男が椅子に縛り付けられている。そして、木製の薄汚れたテーブルを挟んで、一人の宇宙軍女性士官が相対していた。


 この女性士官は、宇宙軍ルルイエ機関の枡(ます)大尉だ。もちろん、素性を隠すために階級章も外しており、本名を名乗ることはない。


「ここは?お前は誰だ?」


「質問をしているのは私だ。お前の官姓名を言え」


 枡大尉の、ゴミを見るような見下した視線に男は刺される。どうやら女スパイと話をしているときに襲撃されて逮捕されたようだった。しかし、今思い出しても、あの攻撃は一体何だったのか?突然、体中がしびれて動けなくなった。人体に対してあんな攻撃の出来る武器を男は知らなかった。


 この時使った武器はいわゆるテーザー銃だ。電極が飛び出し、対象物へ当たると高圧電流を流し麻痺させる。宇宙軍の諜報部門、ルルイエ機関で開発された低致死性の武器だ。


「俺がスパイだって事はわかってるんだろ。だったら言うわけないじゃないか。お前はバカなのか?」


「ふっ、まあいい。今、お前のアジトと女の自宅をガサ入れしている。しばらくはここでゆっくりすることだな」


 そう言って、枡大尉はその部屋をあとにした。


 ――――


「さて、お前があの男に渡したフィルムには、日英軍の武器や駐屯所の様子が映っていた。それに、街を歩く兵士の顔もだ。これを撮影して渡しているということは、お前はスパイで間違いないな」


 宇宙軍の枡大尉は、椅子に縛り付けられているミシェルに問いかける。薄暗い地下室で椅子に縛り付けられ身動きは取れない。部屋には日本人の枡大尉だけだが、その視線は、ミシェルにとって今まで感じたことのない迫力と殺気に満ちていた。


「ご、ごめんなさい。弟と妹はどうなるんですか?私がいなかったら、あの子達、生きていけない・・・・」


「私の質問に答えてくれないか?それに、お前の弟や妹がどうなろうと知ったことではない。見ての通り私は日本人だ。お前の弟と妹の保護はイギリスの責任なのでな。さて、もう一度聴く。お前はスパイだな」


「は、はい。カメラを渡されて、写真を撮れって・・・・。武器や兵隊さんの顔を・・・・・・」


「その他は?」


「兵隊さんから聞いた話を、伝えました。何人いるのかとか、そんなことです・・」


「そうか、じゃあ、この男は知っているか?」


 枡大尉は一枚の写真を差し出した。そこには、日本軍連絡所の門の所に立って、歩哨をしている志手(しで)伍長が映っていた。


「!!・・・いえ、し、知らない人です・・・・・」


「なあ、ミシェル。正直に言ってくれないか?この男とフェンス越しに何度も話をしているところが目撃されている。さらに3日前、この男はお前の家にまで行っているな。この男から何を聴いたか言うんだ」


「うう・・うう・・・ううぅぅぅ・・・」


 ミシェルは俯き泣き始めてしまった。自分が志手と会っていたことを言ってしまえば、志手も捕まって銃殺されてしまうかも知れない。ミシェルは、無駄だとわかっていても、志手に迷惑をかけたくはなかったのだ。


「話にならんな。仕方が無い。お前とこの男が、家で会っているところを目撃している人間が他に二人いるな。その二人から何を話していたか聴くことにしよう。できれば子供は連れてきたくは無いんだが・・・。我々は非公然組織なのでな、ここに連れてこられた人間で、生きて出て行くことは希なんだよ」


「えっ!あの子達はまだ10歳にもなってないんです!そんな子供を、あなたたちは・・・・ひどい・・・・ううううぅぅぅ・・・・・・」


「子供がだと?ふざけるな!お前の流した情報で日英軍に損害が出れば、何万人もの兵士が死ぬかも知れん。街の防衛が出来なければ、空襲によって市民が何十万人も殺されるかもしれないんだぞ!お前の身内さえ守れれば、見知らぬ子供たちが何万人殺されても良いと言うことなんだな!」


 女性士官は声を荒げて詰問をする。情報は貴重だ。一つの情報が、戦局を左右することもある。それを、故意に敵国に渡すという行為を、許すことが出来なかったのだ。


 しかし、当のルルイエ機関も、ソ連やドイツ、イタリアにスパイを多く抱え、脅迫や懐柔によって祖国を裏切らせ、情報を得ている。人は皆、自分のする事には寛容なのだ。


「うっうっうっ・・・・ごめんなさい・・・そんな、たいへんな事になるなんて・・・・・」


「わかっていると思うが、スパイは銃殺だ。今のイギリスは戦時特例法で、軍事関連犯罪における死刑の年齢制限が撤廃されている。お前の銃殺刑は確定だろうが、弟と妹を救いたいのであれば、正直に言うことだな。我々も鬼じゃない」


「・・・・・・はい、志手さんです。たしかに、私の家に来ました・・・・・・」


「そうか。では、この男から何を聞き出したか言ってもらえるかな」


「・・・・志手さんは・・・秘密兵器のことを聞こうとしたんですが、何も教えてくれませんでした・・・・。自分は下っ端なので何も知らないと・・・・・」


 ミシェルは精一杯の嘘をつく。あの場所で、志手が何を言ったかなどわかるはずはない。わからないから聞かれているのだ。だから、この返答で納得してもらえれば、志手さんは銃殺刑にならなくてすむかもしれない。


「この男からは、何も聞き出せなかったと言うことだな」


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