第219話 マルタの嵐(2)

「損害が41隻だと!?この短期間でか!?我が海軍が保有している潜水艦の三分の一が失われたというのか!?」


 ムッソリーニはその報告を聴いて唖然としてしまった。戦車の喪失なら再生産もなんとかなるが、潜水艦は建造に時間がかかる。しかも、潜水艦の撃沈と言うことは、乗組員は全員戦死と言うことだ。


「はい、申し訳ありません。潜水艦の特性上、実態の把握に時間がかかってしまいました。ドイツ軍のUボートも10隻程度行方不明になっておりますので、おそらく撃沈されたものと思われます」


 イタリアは開戦から半年、フランス南東部とアルバニアを占領してはいるが、ギリシャでは敗退し地中海では潜水艦艦隊に大損害を受けてしまった。これが公になってしまっては、国民に厭戦ムードが芽生えるのではないかと危惧してしまう。


「ギリシャと潜水艦艦隊に関しては厳重に秘匿しろ。そして、英日艦隊に対して、華々しい戦果を上げなければならぬ。先日艤装が完了した戦艦ヴェネトとリットリオも動員だ!全海軍力を持ってたたきつぶせ!」


「し、しかしドゥーチェ。イギリスは戦艦5隻を中心とした艦隊を派遣してきております。正面から当たるのはかなり危険が伴います」


「正面から当たれなどとは言っておらぬ!どうするか考えるのが海軍の仕事だろう!いずれにせよ、放っておくことは出来ないのだ!」


 イギリス艦隊は戦艦5隻、空母2隻、巡洋艦駆逐艦16隻だ。そして、日本艦隊は超大型空母1隻に重巡軽巡10隻がマルタ島沖に展開している。それに対してイタリア海軍は、竣工したばかりの新造戦艦2隻こそ超弩級戦艦だが、それ以外の4隻の戦艦は旧式の弩級戦艦で、主砲口径も30センチしかない。潜水艦は、まだ80隻残存しているが、日本の対潜能力を前にして、全く戦果を上げることが出来ていない。これで、世界のビッグ7の内4隻を相手にするなどとてもではないが無理な話だった。それに、日本海軍は400kmも離れた長距離から、ドイツ戦艦2隻を撃沈したという未確認情報も入ってきている。しかも、対空能力もかなり高い。敵の能力も良くわからない状態で正面から戦いを挑むなど、まるでドン・キホーテの様ではないか。カヴァニャーリ提督は暗澹たる思いに沈むのであった。


 ――――


 マルタ島沖


「サマヴィル司令。前方に日本の空母が見えてきました」


 艦橋の固定双眼鏡を覗いていた士官が、サマヴィルに告げる。前方左側にマルタ島が見える。そして、その右側にぽつんぽつんと日本艦隊の艦影が裸眼でも見えるようになってきた。


「どれどれ」


 司令のサマヴィルは、その士官に代わって双眼鏡を覗く。


 倍率20倍の大口径双眼鏡は、20km離れた水平線上の艦船もよく見える。今日は海面温度の具合も丁度良く、日本艦隊が鮮明に見通すことが出来た。


「あ、あの巨大な物体が空母なのか!?まるで島ではないか!」


 双眼鏡の向こうには、日本海軍の空母瑞鳳が、左舷をこちらに向けて停泊している。そして、その手前に大淀型巡洋艦が浮いているが、どうにも遠近感がおかしくなったのではないかと思えてならない。


 大淀型巡洋艦は、このイギリス艦隊の護衛に付いているので、おおよその大きさは理解している。全長143m、排水量4600トンの大淀型は、軽巡としては標準的な大きさだが、ヘリコプター格納庫がある為に、同程度の軽巡に比べてかなり大きい印象はある。


 しかし双眼鏡で見る限り、全長は大淀型巡洋艦の3倍、艦の全高は2倍以上あるように見えた。そんな巨大な空母を、日本は作ることが出来るというのか?


 日本艦隊に近づくにつれて、空母瑞鳳の大きさがさらに際立ってきた。隣に見えるマルタ島の岬と比べても、瑞鳳の方が遥かに大きく見える。今自分が座乗している戦艦ネルソンも全長220m、基準排水量37,000トンの超弩級戦艦だが、その戦艦よりも2倍以上大きいのではないだろうか。


 イギリス艦隊も、空母アークロイヤルとカレイジャスを連れてきているが、空母瑞鳳に比べると、まるで軽空母に見えてしまう。


「トーマス艦長。あんな巨大な空母と共同作戦をするのは、かなりプライドを傷つけられるな・・・・」


 艦橋では、艦長のトーマスやその他の士官が、瑞鳳の大きさに放心したようになっていた。


 ――――


「ようこそ空母瑞鳳へ。歓迎いたします」


 瑞鳳の飛行甲板で、小沢司令がイギリス艦隊のサマヴィル司令達を出迎える。飛行甲板にはヘリコプターが数機と九九式艦上戦闘機、そして早期警戒哨戒機が駐機してあった。この辺りの航空機は、イギリスに派遣されている日本艦隊でも見たものと同じだ。


「小沢提督。遠路はるばる良く来てくれました。今回の共同作戦は、ぜひともよろしくお願いします」


 小沢は、サマヴィル司令達を会議室へ案内する。そして、早速作戦のすりあわせが行われた。


 事前に作戦内容は、日本の統合幕僚本部とイギリス海軍との間で既に立案されている。今回は、実際の手順についてのすりあわせだ。


「基本的には、このマルタ島の絶対死守が最優先となります。そして、リビアのトリポリ・ベンガジとイタリアのターラントの軍港施設の完全破壊を行い、この地中海から、イタリア・ドイツの艦艇全てを一掃します」


 地中海は、大西洋と比べればもちろん狭いのだが、それでも面積は250万平方キロあり、北海の面積の3倍以上はある。日本艦隊の小沢司令は、こともなげに、その地中海から全ての敵艦を排除すると言ってのけた。


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