第213話 フィンランド戦線(4)

 ホムトフは補給物資の確認をしていた。昼前に輜重部隊から届けられた補給物資が、伝票と数があっているかを確認する。ソ連軍では、補給物資が途中で無くなることが良くある。いちいち確認をするのも面倒だが、数が合わないことが後になって発覚すると、この部隊の兵士が疑われてしまう。自分たちのやっていないことで処刑されるのはまっぴらゴメンだった。


「・・・・5・6・7と。あとは毛布の枚数だな」


「同志ホムトフ、それが済んだら第三小隊と第六小隊分の弾薬を用意しておいてくれ。夕方までには取りに来るぞ」


「了解しました」


 敬礼をして作業に戻ったその瞬間だった。


 バンッ


 突然、ホムトフの見ていた世界が回転する。何の前触れも無く突然にだ。


「えっ?」


 そして衝撃と共に、雪の上に仰向けに倒れてしまった。下半身に何かがぶつかったようだ。


「いってぇ。誰だよ。ぶつかってきたのは?」


 ホムトフは起き上がろうとして足に力を入れる。しかし、力が入らない。体を起こそうとするが、どうにも足の感覚がなくなっているようだった。


「同志ホムトフ!何があった!えっ!?て、て、敵襲だ!」


 自分の方を見た同僚の顔が一瞬で青ざめた。そして、にわかに周りが慌ただしくなる。みんな小銃を持って防塁の後ろに統制射撃の方陣を組み、迫り来る敵に対して一斉射撃をする体勢をとった。


「お、おい!敵襲なのか!?だれか起こしてくれ!足を撃たれたみたいなんだ!」


 ホムトフは助けを求めたが、皆ホムトフの方を一瞬だけ見て、すぐに顔を背けてしまい誰も助けてくれない。


「くそっ!」


 ホムトフはなんとか腕を使って起き上がろうとする。そして、上半身をほんの少し動かすことが出来た。その時ホムトフは見てしまったのだ。1メートルほど離れた所に上半身の無い死体が転がっていることに。そして、自分の下半身が無くなってしまっていることに。


 12.7mm弾の威力は絶大だった。その弾丸を、丁度“へそ”の辺りに受けてしまったホムトフは、その衝撃で上半身と下半身が分かれてしまったのだ。幸い、肺へのダメージが無かったので普通に呼吸が出来てしまった。下半身を失いながら、意識を保ったままになってしまったのだ。ホムトフは自身の状態を把握し、絶望の中で死んでいった。


「敵襲だと!?どこから攻撃をされた!?敵の人数は!?」


 騒ぎに気づいて天幕から人が出てくる。天幕だと何の防御にもならない。迫撃砲などを喰らったら一瞬で終わりだからだ。そして、この部隊の司令官らしき人物が近くに居た兵士に状況を聴こうとした瞬間。


 バンッ!


 その将校の上半身が突然に爆発したのだ。胸の辺りは粉々に砕け、頭だけがその勢いで宙に舞い上がる。そして、回転しながらスローモーションの様に雪の上に落ちていった。


 21世紀の人間が見たならば、さしずめB級スプラッター映画の演出のようだと思っただろう。12.7mm弾の威力は、それほどまでにすさまじいのだ。


 ※天幕からすぐに出てくるのは、あまりにも不用意に過ぎると思われるが、この頃のソ連軍は、将校の65%以上が大粛正によって処刑されており、部隊長でもほとんど訓練を受けていない者達がさせられていた


「撃て!撃て!敵はあの丘だ!」


 銃声の聞こえた方角に向かって統制射撃を始める。敵の姿が見えている訳では無い。音のした方向に向かって撃つだけだ。統制射撃とは言っても、全く統制されてはいない。


 それにしても、着弾から発砲音が聞こえるまでに4秒ほどもかかっていた。とすると、少なくとも1,500m以上は離れているはずだ。そんな距離から果たして狙撃が出来るものだろうか?


 ――――


「防塁に隠れれば大丈夫だとでも思っているのか?」


 スポッターの兵士がつぶやく。


 ソ連軍部隊は、木の合間に土嚢で低い防塁を築いている。その後ろに30名が方陣を組んでこちらに向かって射撃をしてきた。先の欧州大戦以前に使われていた、歴史的な戦法だ。ソ連軍の練度の低さは酷いものがあるなと思う。


 せめてバラバラになって森の中に隠れれば、こちらからの射線から外れることが出来るだろう。しかし、あのソ連部隊は、方陣で統制射撃をすることを選択した。相手の位置が解っていれば、それも良いかも知れない。だが、2,000mも離れているスナイパーに対しては、全くの無意味だった。


 しかし、ジーナはそんなスポッターのつぶやきに反応することも無く、淡々と引き金を引いていく。こちらの位置は相手より少し上なので、防塁の後ろに居る兵士達の頭がよく見える。しかも密集してくれているので、ジーナにとっては精密な照準をしなくても良い状況が出来ていた。


 ――――


 ジーナ達は、持ってきていた12.7mm弾全てを撃ち尽くして、撤収を開始する。徒歩で500mくらい移動し、そこに置いてあるスノーモービルに乗って野営地に戻った。


 そして、野営地にはロシア軍狙撃部隊が次々に帰投して、戦果報告をする。


「クルシェルニツカ隊、確認23。まさか持って行った50発、全部撃つとは思いませんでしたよ」


 スポッターの兵士が肩をすくめながら報告をする。


 他の部隊も5から10のスコアだった。そして、ロシア軍に損失は無い。


「合計で確認51か。初日としては上出来だな」


 ロシア陸軍のレプキン少佐は隊員達をねぎらう。


 それを聴いていたフィンランド軍のハーパネン少佐達は、顔色を失ってしまった。戦果確認数もさることながら、地図上で示された射撃場所からソ連軍までの距離がにわかには信じられなかったのだ。


 フィンランド軍の兵士達からは、「嘘だろ」といったつぶやきが聞こえてくる。皆一様にその報告が信じられなかった。

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