第212話 フィンランド戦線(3)

「ほう。あの女性がエースですか」


「ええ、彼女が我が軍のエース、ジーナ・クルシェルニツカ大尉です。清蒙国境紛争で、スコアは108を記録しています。まあ、貴軍(フィンランド軍)のエースには遠く及びませんが」


 我が軍のヘイヘ兵長は200を越えるスコアを出しているが、それは、ソ連の大軍を相手にしているからとも言える。清蒙国境紛争では、このフィンランド戦線ほどのソ連軍は投入されていなかったはずだ。それにもかかわらず100を超えるスコアは素晴らしいと、ハーパネン少佐は感じた。


「あれは、7.62mmですか?見たことの無い銃だ」


 その銃のフレームは、木製では無く金属と樹脂で出来ているように見えた。肩当ても何か変な形をしている。


「ええ、7.62mmです。日本製の狙撃専用銃ですね」


「なるほど。専用なのですね。また後で見せてもらいたいですな。それでは、担当地域の確認をしましょう。万が一にも味方同士で誤射をしてはいけませんから。2時間後からの開始でよろしいですか?」


 ――――


 天幕の中で、フィンランド軍のハーパネン少佐とロシア軍レプキン少佐、そして数人の参謀が地図を前にして作戦のすりあわせを開始した。


「これが、我がロシア軍が調査をした、ソ連軍の位置になります」


 そこには、詳細なソ連軍部隊の位置や兵員、車両の種類と数が記載されていた。


「えっ?こんなにも詳細な情報をどうやって・・?」


 ハーパネン少佐はその詳細な情報に驚愕する。今までは、斥候部隊を派遣して、徒歩と目視による索敵しか出来なかった。このフィンランド戦線に於いては、まず敵の位置を確認することが困難な作業だったのだ。


「今日は晴れてますからね。2時間前の偵察機からの情報です。ちょうど我々が到着した頃の敵情ですね」


「2時間前ですか?」


 2時間前に偵察機によって撮影し、ヘルシンキ近くにある飛行場に着陸するまで1時間。そしてそこから現像して分析し、情報をこの前線に送ったと言うことだろうか?そうだとすると、かなりの速さだ。いや、撮影してすぐに、偵察機の中で現像しているのだろうか?中型機なら出来なくはないのか・・・。


「そんなに速く分析が出来るんですね。もしよろしければ、どうやって偵察と情報伝達をしているのか教えてもらえないでしょうか?」


「申し訳ありません。それは軍事機密なので公開出来ないのです」


 そういえば、ロシア軍は到着してすぐに大きい天幕を設営し、そこに多くの機械を搬入していた。そして、その周りでは何台かの発電機が唸りを上げている。この辺りに秘密があるのだろうとハーパネン少佐は考える。


 実際には、偵察機と衛星による情報だ。可視光・赤外線・紫外線によってそれぞれ撮影された画像は、一度ヘルシンキの日露共同フィンランド方面軍本部で受信した後に、衛星通信と各国にある露日大使館を経由してロシア帝国本国に送られる。そして、専門の情報部隊が解析を行った後、ヘルシンキに送り返される。そして、そこからこの前線に送られて、手書きで地図に書き込むという作業を行っているのだ。曇りの日などは、場合によって無線操縦小型飛行機による偵察が行われる。ただし、これは敵陣に墜落すると、電子機器などの情報が漏れてしまうため、その使用には細心の注意が払われている。


 ロシア軍とフィンランド軍は担当範囲を決めて、翌日から作戦に従事することになった。


 ――――


「クルシェルニツカ大尉。2,000m先にソ連軍の歩兵中隊です」


 ※ジーナ・クルシェルニツカ大尉 1932年にウクライナで救出された少女。現在22歳


 スポッターが双眼鏡を覗きながら、ジーナに報告をした。そして、すぐに測距儀に持ち替え、正確な距離を計測する。


 そこには、木に隠れ潜むように、ソ連軍歩兵中隊約30名がとどまっていた。天幕がいくつか見えるので、進軍するわけでは無く、何かしらの連絡所の機能を受け持っていると思われた。


 ジーナはすぐさま狙撃銃の設置に取りかかる。この遠征には、7.62mmと12.7mmの二種類の狙撃銃を持ち込んでいる。そして、今日持ってきたのは12.7mm対物狙撃ライフルだ。宇宙軍で開発されたこの銃の重量は14kgもあるので、ジーナ一人では持ち運びは出来ない。なので、フランカーの二人が運び設置の補助も行う。スコープも既に調整済みなので、持ち運びや設置に際して絶対に衝撃を与えてはならない。細心の注意を払って設置を行った。


 ジーナはスコープをのぞき込んで標的を探す。通常は、敵の中で一番階級の高そうな将校を狙う。しかし、今回は誰が将校かは解らなかった。おそらく天幕の中に居て、外で作業をしているのは兵卒だけなのだろう。


 将校が出てくるのを待つか、それとも今日は諦めるか悩んだが、兵卒であっても何人か仕留めれば、それだけでソ連軍への牽制にはなる。この作戦の目的は、ソ連軍を撃滅することでは無く、足止めする事だ。ソ連軍がスナイパーを警戒して、進軍速度が遅くなればそれで十分だった。


「荷車の右側に立っている兵士までの距離を計測してくれ」


 ジーナはスポッターに対して測距の指示を出す。スポッターはすぐさま目標の兵士を確認し、レーザー測距儀で計測を開始した。


「距離、1901.35m。高低差は-61.44m。風速北北西1.5m。敵の方位は122度34分50秒」


 この赤外線レーザー測距儀は、敵までの距離、高低差、方位を瞬時に表示してくれる優れものだ。射撃距離が2,000にもなると、地球の自転によるコリオリの力も計算に入れなければならない。そして、ジーナはスポッターからの情報を元に、頭の中で補正の計算を行った。


 そして、ゆっくりと右の人差し指に力を入れて、引き金を絞り込む。


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