第205話 プランB4(3)

「“土地とパンと平和を”、“全権力をソヴィエトへ”」


 こんなスローガンがあちらこちらで叫ばれ始めた。そして武器を手にした兵士達は、あらかじめ定められた“セクト”のリーダーに従って、チェーカーや将官を襲撃する。


 “土地とパンと平和を”“全権力をソヴィエトへ”


 ソ連人なら誰でも知っているスローガンだ。学校で嫌と言うほど教えられる。ロシア革命時に、レーニンによって叫ばれたスローガンだからだ。


 だから、このスローガンを叫ぶ集団に対して“反乱部隊”という認識は、すぐには結びつかなかった。さらに、チェーカーや将官達だけ食料を確保し、我々兵士から搾取する“新しい支配者”になっているというアジテーションがあちらこちらで行われていた。ロシア革命の原点に戻って、我々兵士達が直接指揮を執り政治を行うべきだと。そして、そのアジテーター達の多くが逮捕されたことも、チェーカーが新しい支配者になったという言説を裏付けるものだった。


 ――――


「反乱だと!しかも同時に多数の場所でか?」


 ジューコフは部下の報告を聞いて慄然とする。まさか自分の指揮する部隊でポチョムキンの再来があるとは・・・・。


 ※ポチョムキン ロシア第一革命時に帝政に反旗を翻した戦艦ポチョムキンのこと。


「弾薬庫や各部隊の司令部が襲撃されています!チェーカーと督戦隊が鎮圧に当たっていますが、反乱部隊の数が多すぎます!」


 ――――


「我々の敵はチェーカーと一部の腐敗した司令官だけだ!一般兵は敵じゃ無い!チェーカーは食糧確保のために我々の半分を殺すつもりだ!みんな知ってるだろう!無実の友人がチェーカーによって処刑されたことを!心ある者は我々に合流して欲しい!」


 そして、反乱部隊はジューコフのいる総司令部を包囲した。


「同志ジューコフ!これはソヴィエト革命だ!真に労働者と農民と兵士の為の国を作る革命なのだ!中央の一部の特権階級によって、我が国はポーランドとフィンランドを侵略し、不必要な戦争を始めてしまった!ロシア革命の原点に戻ろうじゃ無いか!“土地とパンと平和を”!」


 飢餓に瀕し、こんな作戦を立てた中央や司令官に不満を募らせていた多くの兵士は、その“ソヴィエト革命”という言葉に熱狂した。特に、ウクライナ出身の兵士達は率先してこの“革命”に身を投じた。彼らは7年前のホロドモールを忘れてはいない。飢餓に瀕したウクライナ人を救ったのはソ連では無くロシア帝国だったのだ。我々は、ロシア帝国と日本の食糧支援で命を繋ぐことが出来た。その事を忘れてはいない。そして、支援食料の中に入っていたチラシには、スターリンはウクライナ人を餓死させて民族浄化をしようとしていると書かれていた。


 今、我々がシベリアで孤立し、飢餓によって死につつある様は、もう一度ホロドモールを再現しようとしているとさえ思えた。


 反乱部隊、いや、革命軍は総司令部に突入を開始し、激しい銃撃戦の末ジューコフの身柄を確保した。


「それではジューコフ司令。全軍に命令を出して下さい。“NKVD(チェーカー)が軍を乗っ取るために反乱を起こした。それを鎮圧するための戦闘だ。いま戦闘をしている『革命軍』はNKVDのスパイを排除した部隊なので、全軍、革命軍に従うように”と」


「ばかばかしい!この反革命分子どもめ!アヘンを蔓延させたのもお前達だな!おおかたロシアの工作員といったところだろう!」


 革命軍の幹部はニヤリと口角を上げる。


「おやおや、我々を反革命分子などと。一般兵に食料を回さず、チェーカーと幹部だけで食べていたあなたたちこそ新しい支配階級、新しい資本家なのではないですか?それを正すための“革命”なのですよ。司令部の皆さんには“総括”をして頂きましょうか」


 司令部を占拠している“革命軍兵士”からは「異議無し!」「自己批判しろ!」といった叫び声が上がる。


 こうして、東部方面軍のほとんどの部隊が“革命軍”の指揮下に入り、武装解除が進んでいく。


 兵士達には、革命軍に武器を供出する事と引き替えに、食料とウォッカが配られた。その話を聞いた兵士達は、こぞって武器を持って革命軍の元へ並ぶのであった。


 ――――


宇宙軍本部


「うまく行ったようだな」


「ああ、武器の処理もほぼ完了した。あとは、ソ連軍の航空部隊だけだが、氷に閉ざされて燃料も無く何も出来ないだろう。春までに何回か爆撃をして、航空機を全部破壊すれば大丈夫だ」


 チェーカーの天幕から食料を盗んで配っていた兵士も、“ソヴィエト革命”の準備をしていた兵士も、アヘンを蔓延させた兵士も全てロシアKGBの工作員だった。


 “チェーカーに逮捕された”と言っていたのも、実際には姿をくらましただけだ。ただし、チェーカーに殴打された女性達は偶発的なもので、この騒乱によって犠牲が出てしまったのは残念な事だった。


「次の攻略目標はクラスノヤルスクか。しかし、また100万人以上動員されたらやっかいだな。あいつら、不利になっても降伏とかしないし」


「正面装備をもっと調えるしかないな。春からはロシア帝国軍も参加してくるし、戦車の生産も軌道に乗ってきた。月産500両の生産体制も確立できたしね」


 日本とロシアは兵器増産のため、戦車の部品をなんとアメリカに発注していたのだ。主な発注部品は転輪と履帯、そして砲塔の旋回リングなどの鉄製部品だ。これは、キャタピラー社に対して“トラクターや重機の部品”という名目で発注している。アメリカで生産された九六式主力戦車や九七式自走高射機関砲の部品は、貨物船に乗って日本やロシアに陸揚げされ、戦車として組み立てられていく。


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