第204話 プランB4(2)
1939年12月28日
ソ連軍はボリショイ・ルクに駐屯する日本軍に対して、比較的大規模な攻勢を仕掛けた。日本軍の備蓄する食料を奪おうという作戦だ。
しかし、11月末に比べて気温はさらに下がり、積雪も平地で30cm、山間では1mにもおよび、車両は立ち往生し、山越えを図った歩兵部隊もその多くが遭難してしまった。
また、ボリショイ・ルクまでの回廊では、日本軍からのロケット攻撃によって甚大な被害を出してしまう。
この作戦で、ソ連軍は4万人近い死傷者を出してイルクーツクに押し返された。
凍ったバイカル湖を渡って侵攻する案も検討されたが、遮蔽物の全く無い氷の上では、日本軍の良い的にされるため却下された。
1940年1月15日
「アヘンが蔓延しているだと?」
司令のジューコフの元へ、信じられない報告が上がってきた。
軍需物資にアヘンなどは含まれていない。もちろん、医薬品にモルヒネ(アヘンの精製物)などはあるが、蔓延するほどの量は無いはずだ。
「どこかから入ってきていると言うことか?兵士は現金や換金できる物は持っていないはずだ。すると、密売ではなく、敵の謀略か?取締を強化しろ!流入元を特定するんだ!」
アヘンを吸引すると、空腹を忘れることが出来る。また不安も消し飛ぶ。もちろんその瞬間だけだが、それでも、飢餓状態一歩手前のソ連軍兵士にそれは福音のように思えた。その為、瞬く間にアヘンが蔓延したのだ。
――――
年末ごろから、チェーカーによる摘発が過激化していた。どの部隊でも10人に2人くらいは連行されている。そして、連行された兵士は誰一人として帰ってきてはいなかった。
「口減らしだよ・・・」
食料の枯渇を目の前にして、チェーカーどもは兵士の頭数(あたまかず)をあえて減らしているのでは無いかという噂が、まことしやかにささやかれていた。
――――
「お願いです!体の弱った人だけでも、少しでいいから食料を融通して下さい!」
イルクーツクに設営された司令部前で、中年の女性達と兵士が押し問答をしていた。この中年の女性達は、志願してこの町に残り兵士達の食事の世話などをしている人たちだ。
寒さと飢えで、兵士達はどんどんと倒れていた。そして、女性達が看病をしていたのだが、十分な栄養を取ることが出来ず、その多くが死んでいった。そんな現状に耐えきれずに、女性達が直訴に来たのだ。
「邪魔だ!お前達、持ち場へ戻れ!」
そこへチェーカーが何人か駆けつけて、女性達を追い払おうとする。
「少しだけで良いんです!少しだけ、食料があれば助かる兵隊さんがいるんです!」
「病気で弱った兵士など、戦場で使えるものか!どうせ死ぬんだ!放っておけ!」
「何てことを・・・、それでも同志ですか!?お願いです!少しだけでも!」
ガンッ!
抗議をしていた女性が突然後ろに倒れた。チェーカーの一人が、小銃の銃床で女性を殴りつけたのだ。
「反革命分子の疑いがある。こいつらを連行しろ!」
倒れた女性の額は裂け、赤い血が流れ出ている。目を開けたまま意識を失っているようだった。いや、もしかしたら、もう死んでいるのかもしれないと皆思った。
その様子を見ていた兵士達がざわつき始める。兵士の為に町に残り、傷ついた兵士を看病してくれていた女性達が目の前でチェーカーに殴打され、そして連行されようとしていた。
チェーカーに連行された者の運命は一つしか無い。裁判無しでの銃殺だ。このままだと、あの優しいおばちゃん達が殺されてしまう。
「や、やめろ、おばちゃん達を連れて行くな・・・」
一人の兵士が弱々しく言葉を発する。
「そ、そうだ、おばちゃん達を解放しろ、このクソ・グルジア人・・・・」
※チェーカーには、ソ連に於いて少数民族であるグルジア人やアゼルバイジャン人、ユダヤ人などが任命されていた。これは、不満が政府にではなく、少数民族へ向かうように仕向けたものだった。
周りにいた兵士達は、ほとんど生気の無い表情でチェーカーに近づいていく。飢餓のため、もう軍隊としての規律を守ることは出来なくなっていた。チェーカーに逆らったらどうなるかくらいみんな知っている。しかし、もうどうでも良いのだ。どうせあと数週間でみんな餓死して死んでしまう。それなら、おばちゃん達を助けてから死にたい。そんな想いでチェーカーににじり寄った。
「こ、こいつらも反革命分子の疑いがある!逮捕だ!全員逮捕しろ!」
チェーカーは、迫ってくる兵士達に恐怖を覚えた。まるでゾンビのように体を揺らしながら迫ってくる。ぶつぶつ何かを言いながら・・・・。
「く、くそっ!」
その迫力に耐えきれなくなったチェーカーの一人が小銃を発砲した。そして、他のチェーカーも兵士達に向かって発砲する。
兵士達は、チェーカーに撃たれてバタバタと倒れた。しかし、後ろからどんどんと兵士達がゆっくりとチェーカーに迫る。
そして、兵士の一人が腰の拳銃を抜いてチェーカーに発砲した。
それを見ていた他の兵士も、次々に拳銃でチェーカーを撃ち始めた。その銃撃戦は瞬く間に広がり、大規模な騒乱へ発展していく。
――――
「始まったな!革命同志に連絡だ!“土地とパンと平和を”、“土地とパンと平和を”だ!」
司令部での騒乱を確認した一部の兵士達が、“土地とパンと平和を”という合い言葉を叫び始めた。そして、それを聞いた兵士は武器を取り、チェーカーや督戦隊の天幕を襲い始めた。
イルクーツクのあちらこちらで銃撃戦が起こり、弾薬庫に火が放たれて激しい爆発が起こる。チェーカーや司令部に不満を持つ者達は、秘密裏に連絡を取り合い、この“時”が来るのを待っていたのだ。
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