第203話 プランB4(1)

「いそげ!午前8時までには完成させるぞ!」


 投光器の明かりに照らされて、急ピッチで滑走路の造成工事が進められていた。気温は氷点下10度だ。しかし、ダウンをふんだんに使用した防寒具によって、凍えることも無く作業は進む。


 イルクーツク地方は、冬の寒さは厳しいが、12月初旬までは積雪もそれほどでは無い。積雪が増える前に何としても兵器や資材を運び込む必要があった。


 ――――


1939年11月30日 午前8時


「よし完成だ!すぐに輸送機が来るぞ!荷下ろしの準備をしろ!」


 完成したばかりの滑走路に、輸送機が着陸する。駐機場は無いので、1機着陸しては荷物を降ろし、離陸した直後に次の輸送機が着陸するという具合だ。


 そして、輸送機からは分解された九七式中戦車改一(チハ改一)と35mm2連装高射機関砲などが荷下ろしされた。


 ※九七式中戦車改一は、史実と異なり宇宙軍の技術支援によって改修された47mm72口径砲と新型エンジンを搭載している。


 ※35mm2連装高射機関砲は、九七式自走高射機関砲(ガンタンク)の対空ユニットのみを据え置き型にしたタイプ。自衛隊で運用していた35mm2連装高射機関砲 L-90に酷似


1939年12月3日


 日本陸軍工兵部隊の突貫工事によって、イルクーツクから北西へ500kmの所に日本軍前線基地が秘密裏に建設され、作戦能力を獲得することができた。


「よし!プランB4開始だ!」


 ――――


「なんだと!鉄道が爆撃を受けているだと!」


「はい、同志ジューコフ。ここからカンスク・エニセイスキーまでのシベリア鉄道が爆撃を受けているようです。また、貨物列車も多数が被害を受けているという報告が入り、その後、通信が出来なくなりました!」


「通信が出来なくなったとはどういうことだ!モスクワとも連絡が取れないのか!?」


「はい、同志ジューコフ。無線も有線も一切繋がりません。完全に孤立しています!」


「やつら、イルクーツクを孤立させて兵糧攻めに出るつもりか!?」


 ここイルクーツクには、先日の戦闘で被害が出たとは言え、まだ140万近い兵士がいる。現在の食料備蓄では一ヶ月ほどで底がつく。それまでに、なんとか線路を修復して鉄道運行を確保しなければならない。


「工兵部隊を派遣しろ!すぐに線路の修復をするんだ!第89歩兵連隊を護衛につかせろ」


 ジューコフはシベリア鉄道の修復を命令するが、それを日本軍が放置するようなことはないだろうと思う。


「まずい、まずいぞ」


 モスクワでもこの異変を確認していた。イルクーツクとは連絡が取れず、シベリア鉄道が爆撃を受けているので、日本軍によるイルクーツクの孤立を狙った作戦であると分析された。


 そして、西側からもシベリア鉄道の修復のため、多数の工兵が動員された。また、イルクーツクの状況を確認するために、航続距離のある爆撃機や輸送機が偵察に向かわされた。


 しかしイルクーツクに近づくソ連軍機は、どこからともなく現れた日本軍機によって全て撃墜されてしまい、さらに、シベリア鉄道の修復に向かった工兵部隊も、ことごとく日本軍機の襲撃を受けて撤退を余儀なくされたのだった。


 ――――


「工兵部隊は、日本軍の双発機や単発機によって攻撃を受けたと言っています。航続距離を考えても、シベリアのどこかに日本軍が前線基地を作っていると思われます」


「くそっ!日本軍の前線基地を何としても見つけろ!それをなんとかしないと、補給を受けることが出来ないぞ!」


 ジューコフは焦る。日本軍はいつの間に前線基地を構築したというのだ?ヨーロッパ方面と違って、シベリアは積雪はあまり無いとは言え、滑走路が凍っていれば航空機の離発着は難しいはずだ。それにも関わらず、日本軍は航空機を運用している。


 このままでは、1月中旬には完全に食料が底をつく。そうなってしまえばもう戦えないが、降伏という選択肢は無い。そうなる前に、全軍で総攻撃を仕掛けるか?しかし、我々の進軍に合わせて日本軍が後退すれば、一見押し返したようにも思えるが、補給が無いのであれば結局は一緒だ。


 ジューコフはまさに手詰まりになっていた。


 ――――


1939年12月25日 イルクーツク


「良い物持ってきたぜ!みんなで喰おう!」


 12月に入ってからは、日本軍との大きな衝突は発生していない。しかし、イルクーツク以外の部隊やモスクワとの連絡は一切取れず、補給も受けられていないようだった。そして、配給はどんどん減らされ、今は朝と夕方の2食のみとなっている。さらに、暖房用の燃料も底をつきかけていると聞いた。このままでは、戦わずに全員餓死か凍死してしまうのでは無いかという不安が蔓延しつつあった。


「よくそんな物が手に入ったな。どこから盗んできたんだ?」


 ゲラシモフは、懐からソーセージを何本か取り出して、テントの中にいた同じ小隊の兵士に渡した。


「ああ、チェーカー(秘密警察)のテントから失敬してきたぜ」


「大丈夫か?少なくなっていることがばれたら大変だぞ」


「わかるはず無いさ。チェーカーのテントにはソーセージやベーコンが山積みになってんだぜ。腹が減っては、俺たちの監視が出来ないんだろ」


 ソ連軍の大規模部隊には、必ずチェーカー(秘密警察)が帯同している。督戦隊を指揮するのもチェーカーだ。そして、常に兵士を監視し、少しでもおかしな行動をする者があれば連行して処刑する。彼らは、より多くの“敵スパイ”を処刑することによって評価されるので、多くの忠実な兵士達が“敵スパイ”として処刑されていた。


 ※この時には、チェーカーはNKVDに組織変更されているが、一般兵の間ではチェーカーで通っている。


「あいつら、敵とは戦わずに後ろから俺たちを狙ってるからな。本当に糞みたいな連中だぜ」


「あんまり大きい声を出すなよ。連行されるぞ」


 ――――


 翌朝


「ゲラシモフがチェーカーに連行されたらしいぞ。どうやら、食料を盗んだのがばれたらしい」


 みんなの話を総合すると、ゲラシモフは、チェーカーのテントから食料を盗んでは、知り合いのいる複数の小隊へ配っていたようだった。そして、誰かが密告したらしい。


「俺たちが餓死しても、あいつらだけは生き残るんだろうな。くそっ!こんなことで死ぬために来たんじゃ無い!」


「ああ、その通りだ。俺ももう限界だ。」


 そう言って、一人の兵士が隣の兵士にメモを渡した。受け取った兵士はそのメモを見て表情をこわばらせる。そしてそのメモを飲み込み、渡した兵士を見てうなずいた。


 兵士達はいらだち、自分たちを監視しながら、自分たちより良い物を食べているチェーカーに対して不満を募らせていた。そして、それを放置し、なんら対策をしない上層部に対しても・・・・・。

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