第202話 イルクーツク攻防戦(8)

「やはり猟銃を持っていたか」


「敵は8カ所から発砲していました。この規模ならすぐに制圧できます」


「だめだ。一般市民を殺すなとの命令だ。俺が説得に行く」


「しかし、柘植(つげ)大尉。それは危険では?」


「危険じゃ無い戦争があるとでも言うのか?大丈夫さ。相手も人間だ。狼じゃ無い」


 柘植は武器を置き、一人で村に歩いて行く。


 ――――


「撃たないでくれ!俺たちは日本軍だが、この村に攻撃をするつもりは無い!安心してくれ!その証拠に俺は武器を持っていない!」


 柘植大尉は両手を挙げてゆっくりと村に近づいていく。


 村の扉は全て閉まっているが、そこからは、刺すような視線と殺気が放たれていた。


 ――――


「村長。やっぱり戦う気は無いんじゃないか?もし俺たちが抵抗したとしても、皆殺しにされるだけだ。ここは日本軍の話を聞こう」


 村の男はその顔に恐怖の表情を浮かべながら村長に懇願する。戦っても間違いなく殺されることは目に見えている。それなら、万が一の可能性に賭けて、話し合いをするのが良いのでは無いかと。


「お前は、戦争を知らんのだよ。抵抗をしなかった村が、村の女達がどんな目に遭ったかを・・・・・」


「で、でもよぉ、村長・・・・・」


「わかった。儂が話しに行く。もし儂に何かあれば全力で撃て。それで退却してくれれば良いが、無理そうなら・・・・女と子供を殺せ。生きて連中に渡したら、死ぬことよりも酷い目に遭ってから殺される。それだけは・・・・」


 そう言って、村長は自分の娘と孫の顔を見る。20年前、自分がしてしまった事による“業”によって、こんなことになってしまった事を許して欲しいと心の中で願う。


 ――――


「話し合いに応じてくれてありがとう。私は日本陸軍の柘植大尉と言う。この村に危害を加えるつもりは無い。食料の提供もする。だから、春までこの村で大人しく生活をしていて欲しい」


 村長は猟銃を構えて、銃口を柘植大尉に向けている。そして、眉間にしわを寄せ、黙って柘植大尉の話を聞く。


「今、向こうの畑に滑走路を作らせてもらっている。この村の畑をつぶしてしまったのは本当に申し訳ない。その分、食糧の支援を行うから許して欲しい」


 村長の顔に、怒りの表情が浮かんだ。8年かけてやっと開墾した畑をつぶして、滑走路にしたという。あの畑を作るまでに、ここに入植した村人の200人が死んだのだ。その中には、まだ年端のいかぬ子供もいた。そんな犠牲の上にやっと作った畑をつぶしただと?


「お、おまえら、あの畑をつぶしたのか!儂たちが、命を削って作ったあの畑を!」


 軍のする事はいつも同じだ。弱い者から何もかも奪って、殺して・・、それはロシア軍もプロイセン軍もソ連軍も日本軍も・・・・


「ああ、すまない。だが信じて欲しい。我々はソ連共産党を倒して、虐げられている人々を救いたいんだ。我が国の友邦であるロシア帝国の皇帝、アナスタシア様もそれを望んでいる。その為の戦争なんだ。一時的に苦しい思いをさせるかも知れないが、理解して欲しい」


 何が一時的だ。戦争の業火によって焼き尽くし、浄化した後に神の国でも作る気なのか?まさに傲慢の極みだ。


「“我は来たり、地に火を投ずるために”か?おまえらは、神にでもなったつもりか!?」


「“我 地に平和を与えん為に来たと思うなかれ”」


 柘植は、村長の問いに返答をする。


「!?・・・・・・“然らず むしろ争いなり”」


「“今より後 一家に五人あらば 三人は二人に”」


「“二人は三人に分かれて争わん”」


「“すなわち 父は息子に 息子は父に”」


「“母は娘に 娘は母に”」


「“姑は嫁に 嫁は姑に”」


「「“相分かれて争わん”」」


 最後の一節は、お互い同時に声に出した。


 そして、二人は黙したままお互いを鋭く見つめる。


「本当に、村人の安全は保証してくれるんだろうな?武器を置いたとたん、女を陵辱するようなことは無いだろうな?・・・・儂は・・・見てきたんだ・・・・あの戦場で、女達がどんな扱いをされたかを・・・どんな扱いをしたかを・・・・」


 村長は、銃口を柘植に向けたままガタガタと震え始めた。戦場の記憶がよみがえる。20年前、あの欧州大戦が始まるまで、ドイツとも、オーストリアとも深刻な状態では無かったはずだ。なのに、自分たちの知らない理由で戦争が始まって、そして、二度と思い出したく無いような事が起き、二度と思い出したく無いことをしてしまった。


「お前達は、儂の罪を罰するために来たのか・・・?」


 その言葉を聞いた柘植は首を横に振る。


「我々は神の軍隊じゃない。そんな傲慢な事はしないさ。あんたも20年前の戦争に従軍したのか?何があったかは知らないが、それは戦争だ。戦争はいつだって非現実的なもんさ。戦争が現実的であったことなど、ただの一度もありゃしないよ。あんたは、今現実に守っている人の事だけ考えてればいいんじゃないのか?」


 村長は柘植を睨んだまま動かない。体は小刻みに震えて、様々な記憶と罪の意識に襲われる。20年前、多くのロシア兵に弄ばれて殺された少女の顔が、自分の娘の顔に見えてくる。


”ああ、儂はなんと言うことをしてしまったんだ・・・”


しかし、それでもまだ守らなければならない家族と村人がいる。混濁した記憶と、まとまりの無い考えが頭を巡る。とてもではないが、合理的な思考は出来そうに無かった。しかし、柘植との会話で一つだけわかったことがあった。


 “柘植はケダモノじゃ無い”


 村長は銃をその場に落とし、両手で顔を覆って泣き崩れた。


 ――――


 畑では、急ピッチで滑走路の造成が進められていた。ここイルクーツクは、冬の降雪はあまりなく、せいぜい積雪も30センチ程度にしかならないとは言え、やはり積雪があると大型機の着陸には問題が出る。なんとしても朝までに輸送機が着陸出来るようにして、必要な物資を下ろさなければならなかった。


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