第201話 イルクーツク攻防戦(7)

 イルクーツクから北西へ約500km地点にあるカミシェト駅。そこから北東に50kmくらいの場所に、シロヴォという村がある。ここは、ウクライナから強制移住させられた人達200人程度が住む開拓村だ。小麦とテンサイ(砂糖大根)を細々と栽培している。電気や電話は当然無く、冬になれば完全に外界から遮断されてしまう寒村だ。


「なんだ?あれは?」


 春まき小麦とテンサイの収穫が終わり、冬支度を始めていた村人は、空からの突然の来訪に困惑する。


 大型の飛行機が何十機と空を覆い、そこからパラシュートの花が何百と咲いたのだ。そのパラシュートはゆっくりと降下し、畑のあるあたりに次々に着地していく。


「みんな!家の中に入れ!銃のある男は準備しろ!」


 村長らしき初老の男が村人に指示を出す。欧州大戦で従軍した経験のある村長は、直感的に日本軍が攻めてきたのだと理解した。


「なんでこんな村に・・・・」


 8年前に故郷のウクライナを追い立てられて、このシベリアに移住させられた。その時400人だった村人は、飢えと寒さで次々に死んでいき、そして、今や200人となっている。しかし、それでも木を切り土地をならして、なんとか生活できるだけの小麦とテンサイを栽培できるようになった。幸いにも、この辺境の村まで車両が通れる道路は無く、徒歩か馬の背に荷物を載せての移動になるため、共産党にも見捨てられてしまい、なんとか生き残ることが出来ているのだ。


 先月、村長がカミシェトに買い出しに行ったとき、日本軍と戦争になっていると話を聞いた。大動員がかかって若い男は兵隊に、女は工場に取られたらしい。もしかするとこのシロヴォ村にも徴兵がされるのでは無いかと怯えていたのだ。


 それなのに、武装した日本軍がこんな所にも攻めてきた。神は我々をそっとしておいてくれないのだろうか?


 ――――


 日本軍の輸送機からは、工兵部隊と小型の重機がパラシュート降下される。最低限の防衛ができるように、軽装甲車両と空挺部隊も同時に降下してきた。


 発見される可能性のあるシロヴォ村には、電気も電話も無い事を確認している。万が一無線があっても、ECMで妨害しているのでこの地に日本軍が降下したことは、しばらくはソ連軍に感知されないだろう。


「急げ!明日の朝までに滑走路を作るぞ!」


 衛星写真と偵察機によって、このシロヴォ村には1,200mの滑走路を作るだけの平坦な畑があることがわかっていた。降下した日本軍は小型の重機を使って、あぜ道や水路をどんどん削り埋めていく。ここの入植者達が、命を削って切り開いた畑だったがそんな事はお構いなしに作業は進む。


 そして、村人との間で偶発的な戦闘が起こらないように、彼らの保護を目的とした部隊を差し向けた。


 日本軍の輸送機が飛来したことは、村人には既に気づかれているだろう。放置していれば、猟銃や鉈で襲ってくる可能性もある。彼らを安全に“保護”する必要があった。


 そしてその任務には、部隊の中でも非常に温厚な柘植(つげ)大尉が担当することになった。


 ――――


「我々は日本軍だ!攻撃の意思はない!武器を捨てて指示に従って欲しい!」


 村から300mほどの地点で装甲車を並べ、拡声器で村人に通告する。村の家々は扉も窓も閉め切っていて、みな閉じこもっているようだった。村からはひしひしと警戒感が伝わってくる。


 柘植大尉は、何度か拡声器で通告するが村からの反応は無い。そして・・・


 カンッ!


 装甲車から頭を出していた車長のヘルメットに何かが当たった。少し遅れて銃声が響く。


「まずい!撃って来たぞ!」


 カンッカンッ!


 続けざまに村から発砲がある。車両の外にいた日本兵はすぐに匍匐し、村の家屋に対して射撃体勢を取る。幸い、負傷した者はいないようだった。


「村から攻撃をされた!何人か狙撃手がいるようだ!発砲の許可を要請する!」


 村人の“保護”を命令されているため、基本的に交戦を想定していない。さらに民間人への攻撃は、極力避けるように厳命されていたので、万が一攻撃を受けた場合は連隊長の許可を求めることになっていた。


「交戦は許可できない。村にソ連軍がいないことは確認している。繰り返す。交戦は許可できない。全力で回避せよ」


 部隊を指揮する柘植大尉は、歩兵を装甲車の後ろに移動させてから少しずつ後退をする。村からの発砲をよく見ると、組織的な抵抗には思えなかった。おそらく、日本軍に恐怖した村人が、手持ちの猟銃で攻撃をしているような感じだ。


 ――――


「村長。日本軍は本当に攻撃の意思はないんじゃ無いのか?あれだけの装備なら、簡単に俺たち全員を殺せるはずだ」


 村の男が不安そうな顔で村長に話しかけた。


 村長のノスコフは、視線を一瞬その男の方にむけ、そして、自分たちの後ろで怯えている女子供を見る。そこには自分の娘と孫達が、身を寄せ合ってうずくまっていた。自分が命に替えても守らないとならない家族だ。


 “日本軍は我々を殺さないかも知れない?”


 戦場でそんな甘い考えが通用するものか!戦場に行ったことのない人間にはわからないのだ。戦場で何が行われたのかを。ハンガリーに攻め込んだ自分の部隊が、そこでどんなことをしたのかを。


 20年前の欧州大戦で、ハンガリーに攻め込んだ自分たちの部隊は国境の小さな村を次々に占領し、そして、“戦利品”を漁った。そこでノスコフは人間の“本質”を見てしまう。逃げ遅れた村の少女はどうなったか?家を守ろうとした老婆は?赤ん坊を抱えて命乞いをする若い母親に対して自分たちは何をした?


 悲惨な目に遭うのは、いつも力を持たない無辜の民だ。そして、自分自身も人間の“本質”に従って行動をした。自分は、家族を持って幸せに暮らして良い人間では無い。その行いが、今こうして自分の娘と孫に降りかかっているのだと思った。


 だから、戦わなければならないのだ。


 力の無いものはいつも蹂躙される。何もかも、人間の尊厳でさえ奪われて殺されるだけだ。だから、殺されないためには殺さなければならない。ノスコフは自分の心に言い聞かせる。

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