第200話 イルクーツク攻防戦(6)

「おいっ、シードル!まずいぞ!周りは火の海だ!これは焼夷弾だ!」


 周りは既に火の海になっており、体に火のついた兵士達が転げ回っている。ニエストルは、なんとか助けたいと思ったが、激しい火炎の赤外線によって、壕から出している顔が燃え上がりそうなほど熱かった。


 ニエストルは、慌てて木の枝をたこつぼ壕にかぶせて中に入る。しかしその直後、壕の蓋にしていた木の枝に火がつき、一瞬で燃え上がった。そして、火のついた木の枝や葉が壕の中に落ちてくる。


 熱さに我慢しながら、水筒の水で火を消そうとする。今外に出れば、確実に焼け死ぬのだ。しかし、消しても消しても、上からどんどん火のついた枝や葉が落ちてくる。シードルはパニックになって壕の外に出てしまった。そして、強烈な赤外線によって着ている服が一瞬にして燃え上がった。


「シードル!」


 ニエストルはシードルを助けたかったがどうしようも無かった。水筒の水はもう空っぽだ。そして、自分に降り注いできた火の粉によって、服に着火してしまう。ニエストルもシードルと同じ運命をたどってしまった。


 ――――


「全弾目標への着弾を確認。一度帰投し、補給をしてから再爆撃を行う」


 日本軍の爆撃機隊は、NB弾(ナパーム焼夷弾)を全て投下した後、補給をして再度爆撃に向かった。バイカリスクにある日本軍滑走路まで直線で70kmほどしかない。何度も往復し、朝まで投下を続けた。


 ――――


 1939年11月23日22時


「焼夷弾による爆撃だと!しかし、もうあそこには燃える物は無かったはずだ。壕に入っていれば、それほどの被害は出ないだろう!?」


「それが司令。ガソリンの入った500kgほどの燃料タンクを大量に投下しているようです。燃料が塹壕の中に流れ込んで被害を拡大しています!」


 当時の焼夷弾は黄燐を使った物が一般的で、落ちたところに燃える物がそれほどなければ効果は限定的だった。また、爆撃機の搭載能力に限界があった為、それほどの量を搭載できなかったという事情もある。


 しかし、宇宙軍の開発した九八式重爆撃機は、最大ペイロードが17,000kgもあるのだ。そして、NB弾の材料となる石油も、サハリンや清帝国の油田から十分に入手できる。


 ※九八式重爆撃機の搭載量は、C130ハーキュリーズとほぼ同等


「イルクーツクへの転進命令を出せ!このままでは全滅だ!くそっ!日本軍を誘引するつもりが、こっちが誘引されたのか!」


 ジューコフは悔しさで奥歯を噛みしめる。日本軍の航空戦力を何とか排除しなければ、戦線を押し返すことなど不可能だ。焼夷弾による攻撃を受け続けると、この東部方面軍の戦力も漸減されて、いつかは底をつくだろう。しかし、現状の戦力では、日本軍に対して有効な対策は無かった。


 ――――


「ソ連軍をイルクーツクまで後退させることは出来たが、あの人海戦術を再度やられるとやっかいだな。ソ連軍司令部壕の場所は特定できたか?」


 梅津司令は、イルクーツク攻略の作戦を、参謀達と練り直している。


「はい、司令。何カ所かには絞ることが出来ました。巧妙にカモフラージュをしていますが、入り口と思われる場所を確認しています」


「ソ連兵といえども出来るだけ殺すなという方針だからな。イルクーツクを全てNB弾で焼き尽くす訳にもいくまい。しかし、司令官のほとんどを殺害しても連中は退却しないんだろうな」


 日本軍もまた、冬の到来を目前にして攻めあぐねていた。


 ――――


 宇宙軍本部会議室


「イルクーツクでは苦戦しているみたいだな」


「しかし、督戦隊か・・・。存在は知っていたけど、これほどにまで苛烈とは。武田信玄は“人は城,人は石垣,人は堀”って言ったけど、物理的にそれをするとは・・・・・・・、ソ連は想像の斜め上を行くね」


 高城(たかしろ)蒼龍も、まさか歩兵に地雷原を進ませるとは思っていなかった。ソ連軍戦車部隊を爆撃と地雷によって足止めし、日本軍戦車部隊で殲滅すれば敵は戦線を後退させると思っていたが、認識が甘かったと言わざるを得ない。21世紀の常識は通用しない世界だったのだ。


「いずれにしても、140万の軍勢に正面から向かっていっても損害が増えるだけだな。宇宙軍としては、プランB4を提案しようと思うんだがどうだろう?」


「良いんじゃ無いかな?イルクーツクを冬までに攻略は難しいけど、このプランなら春までには落とせそうだし。まあ、陸軍でもなにか検討している可能性はあるけどね」


 高城蒼龍は、あらかじめ用意していた“プランB4”を統合幕僚本部に持ち込んだ。


 そして、それはすんなりと採用されることになった。

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