第199話 イルクーツク攻防戦(5)

1939年11月23日13時


「これは、同士撃ちか?」


 U-2偵察機からのソ連軍部隊の映像には、日本軍の攻撃に対して後退をした味方部隊を射殺しているソ連軍が映っていた。


「おそらく、督戦隊では無いでしょうか?」


 陸軍参謀の一人が返答する。


 ※督戦隊 ――― 命令に反して退却したり逃亡したりする味方兵を射殺する部隊。史実では、日中戦争で中国軍が督戦隊を組織していたのでその存在は日本軍内でも知られていたが、この世界線では、日中戦争が起こっておらず督戦隊の存在は一部の人間にしか知られていなかった。


 この映像だけでは、混乱による同士撃ちなのか督戦隊による味方撃ちなのかは判別出来ないが、戦車隊の前衛を歩兵にさて地雷を踏ませるなど、督戦隊が活動している可能性は確かにある。


「なんという非人道的な・・・・・。それで、あんな死人(しびと)のような戦い方を・・・・・。しかしこのままでは、このボリショイ・ルクにもソ連軍の歩兵が押し寄せてくるか・・・・・。一度戦線を後退させる!西少佐の戦車連隊が戻り次第、ポドカメンナヤまで下がるぞ!」


 梅津司令は、戦線を10kmほど下げることを決断する。敵歩兵は日没までにこのボリショイ・ルクまでは到着できるが、そこからさらに10kmを徒歩で進軍することは難しいはずだ。


「それと、爆撃機にNB弾装備で待機するように連絡をしろ。夜間になれば、敵の位置がわかる。敵の最前線をNB弾で焼き払う。できれば使いたくは無かったが、致し方あるまい」


 ※夜間になれば、周辺の温度より暖かい人間や車両は、森林の中にいたとしても赤外線カメラによって容易に発見できる。

 ※NB弾 ――― Napalm Bombの頭文字。宇宙軍によって開発されたナパーム弾


 ――――


1939年11月23日19時


 日本軍は、4時間かけて前線を10km下げることに成功した。ソ連軍の歩兵は17時頃にボリショイ・ルクに到達したが、日が落ちたため進軍を停止している。


「ソ連軍の動きは?」


「ボリショイ・ルクに侵入した部隊は塹壕を掘っています。それに、イルクーツクからトラックや装甲車両がボリショイ・ルクに入っています。推定兵力は約20万。残りは、途中でイルクーツクに引き返したようです」


「連中も、さすがに140万全部をボリショイ・ルクに入れるようなことはしなかったか。ま、兵站が持たないことは理解しているようだな。では、NB弾による攻撃開始だ」


 ――――


 1939年11月23日19時30分


 ボリショイ・ルクまで到達したソ連軍歩兵は、そこで一度進軍を止め 野営の準備をしていた。


 みな、自分が入れる“たこつぼ壕”を地面に掘って潜り込む。塹壕を掘る時間は無いので、最低限のものだ。そして、背嚢に入れていた毛布にくるまって座り込む。元々町にあった建物は、10日前のボリショイ・ルク攻防戦でほとんど全てが破壊されている。


「日本軍の連中、しっぽを巻いて逃げていったな」


「ああ、どんなに強力な兵器を持っていても俺たちの“団結”には敵わないってことさ」


 仲の良いニエストルとシードルは、二人が入れるたこつぼ壕を掘っていた。そして、固いパンをかじりながらそんな会話をする。早朝の日本軍の爆撃で起こされ、そこからずっと休む間はなかった。途中までは戦車の上に乗って移動できたが、その後の山越えはずっと徒歩での行軍だ。最初は走ることが出来たが、すぐにその足は重くなりゼエゼエ言いながらの行軍となった。20kgもの装備を背負っての山越えはさすがにキツい。


 しかし、何としてもここで日本軍を食い止めなければならない。自分たちには守るべき人がいる。


 イルクーツクでは、民間人の疎開は完了していた。子供たちはウラル山脈以西の施設に、そして、女性達はウクライナにある軍服の縫製工場に送られている。イルクーツクに残っているのは、強制的に軍属に編入された男達と、志願して残った中年以上の女性達だけだ。


 食事の炊き出しで、いつもスープをついでくれるおばちゃん達の笑顔が目に浮かぶ。彼女らのためにも、ここで何としても日本軍を止めなければ、あのやさしいおばちゃん達が殺されてしまう。二人は必ず祖国を救うと固く誓い合った。


 ウォオオオオーーーーン


 突然空襲警報が鳴り響く。どうやら日本軍機のエンジン音を確認したようだ。


 兵士達に緊張が走ったが、今は何もする事は出来ない。半数の兵士には小銃さえも与えられていないのだ。たこつぼ壕の上に木の枝を乗せてカモフラージュする。彼らにはその程度の防御しか出来なかった。


 ドォーーーン!ドォーーーン!


 まわりで爆撃による爆発音が響きはじめる。何度も経験した音と衝撃だ。ニエストルもシードルも慣れっこになってしまい、当初ほどの恐怖感を感じることは無くなっていた。


 しかし、今回の爆撃は今までとは様子が違う。爆発の後、辺りがかなり明るく燃えているようだった。


 ニエストルは、たこつぼ壕の上に乗せている木の枝を少し持ち上げて辺りの様子を確認する。


「おいっ、シードル!まずいぞ!周りは火の海だ!これは焼夷弾だ!」


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