第206話 技術流出・・・
1940年1月11日
アメリカ陸軍省
「この報告は本当なのかね?」
アーノルド少将は部下からの報告に眉根を寄せる。
「はい、各地の天文台では1937年頃には確認されていたようです。当初は、たまたま地球の重力に捕まった隕石ではないかと言われていたようですが、ここ1年でその数は30個にも増えているようで、どうも人工物、つまり人工衛星ではないかと言うことです」
「つまり、アメリカではないどこかの国が、大型ロケットで人工衛星を秘密裏に打ち上げていると言うことか?」
「はい、少将。人工衛星の打ち上げについては、どこの国も発表をしておりませんが、可能性があるとすれば、ドイツ・ソ連・ロシア・日本のいずれかだと思われます」
「人工物なら、電波を出しているのではないか?それは確認できたのか?」
「はい、1600MHzと20GHz、29GHzの電波を時々発信しているようです。常にではないので、どういうタイミングなのかはわかりません。地上と通信しているのであれば、地上からも同じ周波数帯の発信があるはずなので、現在、秘密裏に日本艦隊の通信を解析しています。」
「なるほどな。もし日本がこの人工衛星を打ち上げて、通信に使っているとして、それは何の為だ?短波や長波を使った長距離通信は今でもできるだろう?」
「はい、少将。これだけ周波数が高いと、音声通信だけではなく、写真の電送も高速に行えるそうです。もしかすると、地上を撮影してその画像を送信しているのかも知れません」
「なんだと!?それでは我が国の上空に、常に偵察機を飛ばしているようなものではないか!」
「技術部門で本当に地上の撮影と写真の電送が出来るかどうか検証中なのですが、人工衛星を打ち上げるだけの技術力があれば、そういった方面の技術も進んでいるのではないかということです」
「報告書をまとめて、大統領に報告だ。どうするかは大統領の指示を仰ごう。しかし、シベリア戦線やファウルネス島沖海戦での日本軍の兵器に関する報告には驚かされるな。本当にこの報告は正確なのかと疑ってしまうよ。この人工衛星も、日本なら打ち上げられるんじゃないかと思えてくる」
こうして、人工衛星の情報はホワイトハウスにもたらされ、国務省経由で各国に警告がされることになった。
「我が国を上空から盗み見しているようなら重大な国際問題になる」と。
――――
1940年1月20日
宇宙軍本部
「アメリカが、人工衛星に気づいたらしいな。日本を疑っているようだが、連中も証拠がないのだろう」
高城(たかしろ)蒼龍は、外務省からの報告を読みながら、森川中佐に話しかける。
「まあ、バレるのも時間の問題だろうな。しかし、これからアメリカは重爆撃機の開発とかも、上空から見えないところでするようになるな」
「ああ、先日の報告ではB17を上回る4発大型機の試作機が確認できたが、今はシートをかぶせているらしい。さすがに対応が早いよ」
「情報管理に関しては、やはりアメリカは一日の長があるね」
1939年冬に、B29と思われる4発大型機がハンガーから駐機場に出されているのが確認できていた。史実よりだいぶ早い開発だ。
そして、試験飛行に移る直前に、人工衛星の存在がバレてしまった。おそらく、今後試験飛行などは曇りの日に行うのではないかと予想される。もしくは、衛星軌道を解析し、衛星が上空にいない時を見計らって試験飛行をするかもしれない。アメリカなら、それくらいの対策はするだろう。
「大型爆撃機が開発されたら、ルソン島から東京が爆撃範囲に入るからね。開発を阻止するのは無理だけど、その配備には警戒をしておかないと」
B29への警戒も重要だが、史実のドーリットル爆撃隊の様に、空母から爆撃機を発艦された場合も対処が難しい。広大な太平洋では、常に哨戒機を飛ばせておくわけにもいかない。そして、発艦した後、海面ギリギリを飛ばれたら、地上配備の対空レーダーでは捕捉できないかも知れない。
リチャード・インベストメントの件で、アメリカとは多少ぎくしゃくしたところもあるが、戦争に至るような重大な懸案事項は発生していなかった。アメリカとの貿易額も上昇傾向にあり、最近ではアメリカへの戦車部品の発注が増えてアメリカは潤っているはずだった。その為、今世ではアメリカとの対決は避けられるだろうと、高城蒼龍は考えていたのだ。この時点においては・・・。
――――
1940年1月23日
ドイツ ユンカース社研究室
白衣を着た研究員達が防爆ガラス越しに、すさまじい音を上げながら運転しているガスタービンエンジンを見守っていた。
ファウルネス島沖海戦で、墜落した日本軍機から回収したガスタービンエンジンだ。墜落の衝撃でコンプレッサーのブレードが何枚か折れていたが、これは現在の加工技術で再現が出来た。そして、このエンジンを制御していると思われる電子機器については、現時点に於いても全く解析が出来ていない。小さなプラスチック製の部品の中に、顕微鏡で見ても判別できないような、細かい電子回路が埋め込まれていることが確認できたが、これがどういった役割をしているのかがわからない。ただしエンジン本体に関しては、燃料と空気を送り込んでスパークプラグに点火をすれば動作することがわかったので、なんとか動く形にして実験をしているところだった。
「どうだね?解析は進んでいるか?」
「これは、マーダー専務。徐々に回転数を上げていき、11,000回転で安定させることに成功しました。これは驚異的な完成度のガスタービンエンジンです」
「そうか。しかし、日本が秘密裏にこんなエンジンを実用化していたとは、やはり驚かされるな」
「そうですね。基本的な概念は、現在開発中のジェットエンジンとほぼ同じですが、このエンジンは軸流式コンプレッサーの後ろに遠心式コンプレッサーを組み合わせている所に工夫があります。さらに、タービン段数を三段にして、ジェット噴射ではなく、シャフトの回転によって力を取り出すようにしていますね。このエンジンの出力は、2,800馬力から3,000馬力あります。これなら、報告にあった日本軍機の機動も納得がいきます」
「どうだね?これの量産化はできそうか?」
「はい。タービン材質の解析に時間がかかっているので、このエンジンほど高温には耐えられないのですが、排気温度を制限しての試作品がもうすぐ出来上がります。それでも、軸出力で2,400馬力は期待できます。さらに、このエンジンをそのまま一回り大きくしたエンジンを制作中です。これなら、排気温度と回転数を抑えながらでも3,200馬力以上を出すことが出来るでしょう」
「そうか。総統も期待されている。ぜひとも量産化にメドを付けて欲しい」
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