第193話 チャーチル vs 吉田茂(6)

 ジョージ六世はジェスチャーを交えて笑いながら話をするが、その目には悲しみが浮かんでいた。自分の最も愛する国がこれまでにしてきた悪行を知り、そして何百年にもわたって“ブリカス”と蔑まれるのだ。もちろん、これは天皇の親書に書いてある“もしかしたらあり得る未来”ではあるが、イギリスの悪行を裏付ける公文書を目の当たりにしては、この予想が現実の事と思えてならない。


 “ブリカス”と聞いたド・ゴールは、ちょっと嬉しそうだった。おそらく、フランス人はイギリス人のことを、常々そう思っていたのだろう。


「しかし、陛下。ユダヤのパレスチナ入植は、ユダヤ人の生存権に関わる事です。それに、ユダヤ人は2000年前、元々パレスチナに住んでいた民族です。そこに戻ってくる権利があるのでは?」


「そうだな。それでは、2000年前ブリテン島を支配していたケルト人が、“アングロサクソンは出て行け”と言ったら君は出て行くのかい?そんな話は無いだろう。パレスチナに無理矢理ユダヤ人の国を作ったとしても、今後何世紀にも渡って紛争が絶えないことは容易に想像ができる。その紛争の度に世界の人々は言うのだよ。“ブリカスのせいだ”と」


 ジョージ六世の言葉にチャーチルは全く反論できない。


「ユダヤ人の国家に関しては、ウラジオストク周辺の土地を割譲しても良いと書いてあったよ。パレスチナよりももっと広い面積だ。どうだね?検討してはもらえないだろうか?」


 チャーチルは考え込む。その案で国際ユダヤ資本を納得させることが出来るだろうか?イギリスは、現在委任統治しているパレスチナにユダヤ人を入植させることをユダヤ人と約束している。そして、その政策に対して、国際ユダヤ資本は英国に資金を提供しているのだ。しかし、ユダヤはお金は出してくれるが武器も兵隊も出してくれない。お金があっても軍隊が無ければドイツには勝てない。しかし、日本は条件を飲めば軍隊を出してくれる。現時点に於いて、どちらがより必要であるかは間違えようが無い。


「ウインストン。私はね、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去したいのだよ。そして、今後イギリスが国際社会に於いて、真に名誉ある地位を占めたいと思う。この親書には、イギリスと日本が一緒になって牽引していけば、必ず平和で繁栄した世界を実現出来ると書いてあるんだよ。そして、世界から尊敬を受ける資格のある国に、日本と共に一緒になろうって。もちろん、政策を最終決定するのは政府だ。だが、国王である私がそう思っていることを、是非とも重く受け止めて欲しい」


 ジョージ六世の悲しげだった目は、今はキラキラと未来を見ている乙女のような目に変わっていた。


「国王陛下。陛下のご決意、確かに承りました。日本の要求の全てを飲むことが出来るかどうかはわかりませんが、出来るだけ合意できるよう最大限尽力いたします。吉田大使。細かい部分について調整を行いたいのだが、日を改めて時間を頂くことは出来るだろうか?」


「チャーチル閣下。もちろんでございます」


「ド・ゴール将軍はいかがだろう?」


「亡命政府の身としては、是非もありますまい。ただ、ソ連への宣戦布告や植民地放棄の時期などは、検討させていただきたい」


「ウインストン、ド・ゴール将軍、是非、この問題をクリアして日本と同盟を結んで欲しい。我々が手を携えることによって、世界を平和と繁栄に導くことが出来るのだよ。天皇の親書にもそう書いてあった」


 チャーチルもド・ゴールも、その親書の内容を読んでみたくなったが、さすがに国王宛の親書を検閲は出来ないし、読ませて欲しいというのも非礼にあたる。


「そして、親書の最後の部分に私は最も感動をしたのだよ。そこにはこう書いてあったんだ。」


『アルバート(ジョージ六世の幼名)。君と私は同じ未来を見ている。世界の未来を担う若者のために、ゴールまで、アルバート、二人の力で駆けて駆けて駆け抜けようではありませんか』


「そして、親書には自分のことを“迪宮(みちのみや)”と呼んで欲しいと書いてあったよ。これは、天皇の幼名だそうだ。この親書を読んで、私は“迪宮(みちのみや)”と生まれたときからの親友になった気分だよ。今すぐにでも会ってハグしてキスしたいね」


 ※イギリスでは、よほどの親しい仲で無ければハグはしない


 バタン!


 突然会議室のドアが開く。そして、そこから誰かが走って入ってきた。会議室にいる者は、その突然の状況に緊張する。


「いけません!姫様!ここは大事な会議をしている所ですよ!」


「いいのよ!私、どうしてもアドミラル・ヤマグチに会いたいの!」


 駆け込んできたのは、13歳くらいの愛らしい少女だった。その少女はまっすぐに山口多聞の所に駆けていく。


「初めまして!アドミラル・ヤマグチ!お会いできて光栄ですわ!叙勲式の時には、成人してないからって出席させてもらえなかったのよ!お父様ったら、ひどいと思わない?」


 山口はその少女の勢いに気圧されてしまう。


「こら!リリベット!失礼だろ!ここは大事なお話をしている所だよ。別室で大人しくしてるって言うから連れてきてあげたのに」


 ※リリベットとは、エリザベス二世の家庭内での愛称


「お父様ったらね、天皇からの親書に感動して、突然私の部屋に入ってきて話し始めるのよ。こんな素晴らしい君主は他には居ないって。私は生涯の親友を得ることが出来たんですって。可笑しいと思わない?あ、その前に、お礼を言わなくちゃね!国民を代表してアドミラル・ヤマグチにお礼を言うわ!本当にありがとう!」


 山口多聞はゆっくりと片膝をつき、右手を胸に当てて頭を下げる。


「公女殿下。お初にお目にかかります。微力ながらお役に立てて光栄に存じます」

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