第192話 チャーチル vs 吉田茂(5)
「ああ、ウインストン。これでもかというくらいに、この200年の間我が国が各国や植民地にして来た酷い仕打ちが書かれていたよ」
「えっ?そんな非礼な事が親書に書かれていたのですか?」
チャーチルは眉根を寄せて“嘘だろ・・”という表情をする。国王同士の親書にそんなことを書くなど、常識では考えられない。しかも、ジョージ六世はその親書に“感動した”と言っている。いったいどういうことだろうか?
「インドでは、1869年と1877年の飢饉で700万人も餓死しているそうじゃないか。1874年にも同じように不作だったが、この時は、現地のテンプル卿が50万トンの米を隣国から買い上げて飢饉を未然に防いだそうだ。なんと素晴らしい人材だ。今からでも勲章を授与したいくらいだよ。しかし、その時の首相ビーコンズフィールド伯爵は、なんと言ったと思う?『余計なことをするな』だそうだ。そして、1877年には何の援助も行わず、550万人も死んだらしい。ウインストン、君は知っていたかい?」
「い、いえ、陛下。その時期に飢饉があったのは知っておりますが、政府が救済を妨害したということはないと思いますぞ」
「そうだろ?私も最初はそう思ったさ。そこで昨日、近侍の者と公文書室で調べてみたんだよ。君には悪いが、機密扱いの文書も見させてもらった。するとね、出てくる出てくる。天皇の親書にある出来事を裏付ける資料が山ほど見つかったよ。ジャガイモ飢饉、清国とのアヘン戦争の真実、パレスチナとユダヤに関する三枚舌外交、アムリットサル虐殺事件、数えればキリがない。よくもまあ、こんな極悪非道な国家がこの世界に存在していた物だと感心したね」
イギリスとフランスの参加者は、ジョージ六世の言葉を聞いて相当どん引きしている。チャーチルは苦笑いをして場をごまかそうとする。これらの出来事は、チャーチルも事実としては知っているが、どうしてそうなったかまでの詳しい事情は知らない。チャーチルにとっては植民地の人間が何千万人も死ぬ事より、極上の葉巻の輸入が滞ることの方が重要なのだ。しかし、ジョージ六世が自国のことを“極悪非道”と言うくらいだから、それほど酷いことが親書には書かれていたのだろう。
「陛下。それだけ我が国を罵る内容なのに、どこに“感動”されたのでしょう?」
「そうだな。本題はこれからだ、ウインストン。君は、日本が盟主となっているアジア経済連合(AEU)の規模を正確に知っているかい?私はこの親書で初めて知って驚いたよ。日本の人口が8,000万人、ロシア帝国が3,500万人、清帝国が5,000万人、大韓帝国が3,000万人、その他の国が2,000万人の2億1,500万人だそうだ。アメリカの人口が1億3,000万人だから、もうそれを遥かに超えている。そしてGDP(域内総生産)合計はアメリカの90%にもなる。2年後にはアメリカを超えるそうだ。ちなみに、AEUのGDPは我が国の4倍だ。ウインストン、どうして日本とその同盟国はこんなにも発展したのだと思う?」
チャーチルも統計としての資料は見たことがあるが、この時代、経済同盟全体で国力を計るようなことは一般的では無い。同盟などの条約は、非常に脆くすぐに破棄されるものだからだ。その為、日本の国力だけを見れば、まだ我が英国と同等のはずという認識だった。しかし、これだけの経済力を持った同盟が、一国の様に振る舞えばアメリカを凌駕すると言われても納得がいく。
「天皇の親書にはこう書いてあったよ。“隷属ではなく友情ですよ”とね。周辺の国に援助をし、その国民を豊かにする。そうすると、その地域での生産力や購買力が向上し、よりよいお客さんになってくれるし、そこからよりよい物を購入することができる。そうやって、お互いに得意な分野の物を生産し、貿易によって関係を強化し、みんなで豊かになることを目指した結果だそうだ。我が国に、果たしてそんな考え方があっただろうか?」
チャーチルは自問する。インドやアフリカで我が国は何をしているだろうか?自由放任主義(レッセフェール)の原則の下、植民地で生産した物を安く買い取り、彼らが何とか生きていけるかどうかの対価を渡すだけだ。医療も福祉も基本的には現地人任せにしている。なんと言っても我が英国は“自由”を重んじる国だからだ。しかし、その反面、自治に関する自由はほとんど与えていない。インドはいくつかの宗教や民族のグループに分けて、どこかで反乱が起これば、別のグループに鎮圧(虐殺)をさせる。そして、現地人の怒りをイギリスに向かないようにしているのだ。
「ウインストン、君は100年後の世界を想像したことがあるかい?この大戦が終わった後、世界的な民族自決意識の向上から、いずれにしても列強は植民地を手放さざるを得なくなる。そして、そのゴタゴタで戦乱の火種は残り、100年以上にわたって紛争が絶えないそうだ。そして、その頃には“インターネット”と呼ばれる世界的な通信ネットワークが構築されて、世界中の誰もが、それこそアフリカの奥地の原住民でさえあらゆる情報にアクセスできるようになるそうだよ。人々は自分の主張や趣味を文章や動画にして公開し、“イイネ”の数を競い合うそうだ。自動翻訳装置も開発されて、全世界のあらゆる人が、ほとんど無料で国際テレビ電話を利用できるようになる」
「本当に、そんな世の中が来るのでしょうか?」
「私も半信半疑だったがね、添付されている資料を読むとこれは現実に起こりうる未来だと思えてきたよ。まるで私にとっては預言書か福音書のように思えるね。そして、その未来では我が国が過去にしてきた“真実”を、世界中の誰もが知ることになるんだ。その世界で我が国はなんと呼ばれていると思う?」
「“太陽の沈まぬ帝国”・・・・では無いのでしょうな・・」
「“ブリカス”“三枚舌野郎”“世界の不幸の7割はイギリスのせい”と呼ばれるそうだ。そして、“お前はイギリス人か?”という言葉には“嘘つき”“すぐ裏切る”“その場しのぎ”“信用できない”そんな意味が込められるらしい。私はね、こんな不名誉な称号を何百年にもわたって受け続けることなど、とても耐えられないのだよ」
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