第194話 チャーチル vs 吉田茂(7)

「アドミラル・ヤマグチ。微力だなんてとんでもないわ。あのドイツ軍を何千機も撃墜したんでしょ!そんなのネルソン提督にだって無理よ!お父様はね、“ヤマグチがその気になれば、我がイギリスは一夜で灰になってしまう”って言うのよ。すごい事だわ!ヤマグチはね、私にとってのスーパーマンなのよ!」


 ※スーパーマン  1938年から連載が開始されたアメコミ


「ははは。公女殿下、光栄であります。この身に変えても公女殿下をお守りいたしましょう」


「リリベット、そのくらいにしなさい。今日は大事なお話をしてるんだよ」


「うん!ヤマグチ、ありがとう!イギリスを、世界を守ってね!」


 エリザベスはそう言って、山口多聞にハグをする。片膝をついたままだったので、ちょうどヤマグチの頭がエリザベスの胸あたりに来てしまい、山口多聞は顔を真っ赤にした。


 ――――


 チャーチルは、改めて吉田大使の方を向き話し始める。


「吉田大使。いずれにしても、閣議決定と場合によっては議会の承認が必要になります。私としては、貴国の“要請”をできる限り実現させたいと思っております。我がイギリスは、世界で最も進んだ人権思想を持った国ですからな。ただし、それには少々時間がかかります。その結果が出るまでは、なんとか一緒に戦ってもらえないでしょうか?」


 吉田茂は“一緒に戦う”と言われ、呆れる思いがした。先のファウルネス島沖海戦でもダンケルクでも、イギリス軍は何もしていないでは無いか。とはいえ、兵士の食料や燃料はイギリスに頼らざるを得ないので、これ以上イギリスを追い詰めるのも得策では無い。ジョージ六世の意向もあるので、おそらくは日本の提案に近い合意がされるだろう。日本が、アジア・アフリカの植民地解放のために尽力しているという事を、世界にアピールできれば良いのだ。


 この狸親父と思いながらも、吉田茂は返答する。


「ええ、チャーチル閣下。前向きに検討していただけて感謝いたします。ぜひとも、我が国と一緒に、世界の恒久平和と、地球上の全ての民族が平等に暮らせる世の中の実現の為、共に戦いましょう」


 1939年11月22日


 日本陸軍第一方面軍は、ソ連陸軍と小規模な戦闘を繰り返しながら、イルクーツクから25km手前のボリショイ・ルクまで進軍していた。


 この辺りの地形は山と谷が多く、大規模な陸上部隊の展開が出来ない。その為、ソ連軍は夜間のゲリラ戦術を多用したが、夜間に空から赤外線カメラで監視をすれば、すぐに部隊の位置はばれてしまう。ゲリラ部隊の全ては、日本軍の九八式攻撃ヘリの20mmガトリングと対地ロケットの餌食となっていた。


「西少佐。いよいよ今夜だな」


「はい、梅津中将。いよいよですね」


 日本軍は11月23日を総攻撃開始と決めて準備をしていた。もうかなり寒くなってきているし、雪も何回か降った。これ以上の作戦遅延は許されない。


「ソ連軍は、戦車1,700両、その他車両9,000両、野砲7,500門、航空機5,000機、総兵力140万だ。それに対して我が軍は、九六式主力戦車250両、総兵力25万。この兵力差で、ソ連に勝てるか?」


「はい、梅津中将、もちろん勝てますよ。我々はなんといっても皇軍です」


「頼もしいな、西少佐。君の戦車連隊には期待しているよ」


 陸軍工兵隊の突貫工事によって、バイカル湖南岸に接するバイカリスクの近郊に、1,200m滑走路が4本整備された。そして、そこには九九式戦闘機320機、九九式襲撃機81機、攻撃ヘリ80機、九八式重爆撃機128機が集結している。


 工事中に何度かソ連軍の空襲があったが、その多くを九七式自走高射機関砲で撃墜した。この九七式自走高射機関砲は、“ガンタンク”の愛称で呼ばれていて、名付け親は、宇宙軍の高城大佐だそうだ。銃(ガン)と戦車(タンク)を掛け合わせた造語だと聞いている。


 ※九六式主力戦車の車台に、35mm機関砲二門を装備した対空戦車。自衛隊の87式自走高射機関砲に酷似


 この滑走路が完成するまでは味方航空機の支援が受けられず、ソ連軍の空襲に耐えながらの進軍となった。ほとんどは、ガンタンクと携帯地対空誘導弾で撃墜できたが、それでも多少の損害を出している。


 ソ連軍も、戦力を小出しにしては各個撃破されるだけと理解し、今は戦力の集結を図っていた。そして、イルクーツクとその周辺の平原に、140万の大軍を揃えて待ち構えているのだ。


 ――――


「我が軍の集結はほぼ完了したようだな。これで、日本軍に対応することができる」


 東部方面軍のジューコフ司令は、イルクーツクの司令部で作戦会議を行っていた。


 ノモンハンやチタの戦訓から、数十機単位での攻撃では全滅させられることがわかっていたので、5,000機の航空機が揃うのを待っていたのだ。しかし、5,000機と簡単に言うが、それを運用するための滑走路多数の増設など、大規模な工事が必要となった。それを、ソ連軍の大動員によって完成させることができたのだ。


「基本的には、敵を誘い込む誘引作戦だ。ボリショイ・ルクからこのイルクーツクへ進軍するには、この川沿いの細い回廊を通るしか無い。日本軍が進軍を開始したら、3,000門の野砲で集中攻撃をかける。進軍中の陸上部隊は隠れるところが無いからな。そして、3,000機の航空機によって進軍してくる日本軍を上から叩く。さらに、残り2,000機の航空機によって、バイカリスク周辺の敵滑走路と航空部隊を撃滅する。情報によると、敵の戦闘機は300機ほどとの事だ。敵の高射砲やロケットがどんなに優れていようと、数の暴力には対抗できまい」


「司令。ウラジオストクからの情報ですと、日本軍は夜間の精密爆撃が出来るそうです。どのように対応されますか?」


「ウラジオストクは急襲されたので対応が取れなかったが、今回は十分な高射砲と対空砲がある。夜間爆撃をされたら、多数のサーチライトで照らして撃ちまくるしかないな。ウラジオストクに比べて数十倍の対空砲だ。被害をゼロには出来んが、日本軍にも相当の損害を与えることが出来るだろう。高射砲部隊には、気を抜かないように念を押しておけ」


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