第190話 チャーチル vs 吉田茂(3)
「吉田大使。これは何かの冗談ですか?こんな事が受け入れられると本気でお考えですか?」
チャーチルは吉田と日本の真意を計りかねる。
「いえ、冗談などではありませんよ。これは、我が国として絶対に譲れない項目です」
チャーチルとド・ゴールは、その要請書を他の閣僚達に渡して読ませる。そして、それを読んだ者は一様に顔をしかめ、あからさまに不快な表情に変わる。
その要請書には、概ね以下の事が書かれていた。
・ソ連への宣戦布告
・パレスチナへのユダヤ人移住の中止
・人種差別の完全な撤廃
・海外植民地の2年以内の独立、もしくは、即時本国と同等の公民権(本国の国政選挙への参政権)を付与すること
・植民地へ投資した資本の放棄。現時点での借款を含む
・海外植民地の独立後、英仏政府は本国予算の10%を今後20年間、毎年、旧植民地の経済支援の為に無利子での借款に充てる事。償還は20年以上とする。ただし、旧植民地が希望しない場合を除く
・植民地への賠償については、真摯に対応すること
・植民地から兵を募る場合は本国の平均賃金の1.1倍を支給し、戦死や戦傷をした場合、本国兵と同等の恩給と遺族年金を支給すること
・植民地から食料を購入する場合は、飢餓輸出にならないよう、現地の食糧事情を十分に勘案すること
「チャーチル閣下。我が国はソ連とも戦線を構えており、今は欧州では無くシベリア戦線に集中するのが良いという意見があります。それに、欧州に軍を派遣したのはポーランドやチェコスロバキアの主権を回復するためであって、間違っても英仏を助けるためでは無い事を、改めてご認識下さい」
「な、なんだと!貴国は我が国を脅迫するのか?植民地を手放さないと、今後軍事協力をしないという事か!」
チャーチルは吉田茂のあまりの物言いに声を荒げてしまう。
「まあまあ、チャーチル閣下。落ち着いて下さい。我が国の外交は、貴国をお手本にしているんですよ。ミュンヘン会談でチェコスロバキアに対し、ズデーテン地方を手放さなければ、今後軍事的援助をしないと迫りましたよね。チェコスロバキアはそれを飲んだにもかかわらず、英仏は結局見捨てましたが」
チャーチルとド・ゴールは、ミュンヘン会談の事を突かれると、反論の言葉が見つからなかった。自分たちの前の政権が決めた事だが、国家の継続性は国際社会では基本中の基本だ。前任者がした事だから知らぬ存ぜぬは通用しない。
「それに、貴国ほどの先進国であれば、極東の小国の助けなど、本当は必要ないのでは?今は一時的にドイツに押されていますが、1年持ちこたえる事が出来れば、きっと失地回復をなせると思いますよ」
「そ、そうだな。一時的に押されているだけだ。だが、今後の世界平和を考える上で、ヨーロッパと日本との協力関係は重要では無いですか?」
チャーチルは怒りに我を忘れそうになったが、すんでのところで我慢する事ができた。しかし、日本の要求はとてもではないが受け入れる事など出来ない。植民地からの搾取が無ければ、今の英国を維持する事は出来ないのだ。
「チャーチル閣下。ファシズムと共産主義を駆逐して、世界に平和をもたらす事は重要だと考えます。まったく異存はありません。だからこそ、この要請なのですよ。ドイツはその暴力によって、チェコスロバキアやポーランド・フランスを屈服させました。それについて異論は無いと思いますが、インドやインドシナ(ベトナム)は、“だれの暴力によって”屈服させられたのでしょう?極東の小国である我が国から見れば、ドイツが今している事と、インドやインドシナに対して今まで宗主国がして来た事の違いがわからないのです。本当に不勉強で申し訳ないのですが、もしよろしければ、違いをご教示頂けないでしょうか?」
チャーチルとド・ゴールは、顔を真っ赤にして怒りをなんとか抑えようとしている。我が国とドイツの違いがわからないだと?この極東のサルは何を言っているんだ?我が国を馬鹿にするにもほどがある。ドイツがした事は、人類の頂点たる白人に対しての暴力だ。インド人やインドシナ人は文明を持たない劣等種なのだから、我々が導いてやらなければ、ウサギのように子供を作り続け、人口が増えたら食糧難になり戦争で奪い合うだけの動物だ。我々が植民地を支配する事は正義なのだ。
しかし、本音ではそう思っていても、この場でそれを言う事は出来ない。アメリカがこの欧州戦争への参戦を渋っている以上、日本に頼らなければ、あっという間にドイツに占領されてしまう。なんとか日本のご機嫌を取らなければならないのだ。
“くそ!人間未満のサルの分際で生意気な!”
チャーチルもド・ゴールも返答に窮してしまう。
「チャーチル閣下。我が国の高崎山という所には、猿の群(むれ)がいくつもいるんですよ。そこでは、より強いボス猿が、他の弱い群を支配して従わせているんです。我が国は、そのような、力によって他国を支配するような野蛮な事とは決別したのですよ」
「な、な、何だと!・・いや、何ですと?それでは我が英国は猿のごとき野蛮人と言うのですか?」
「ああ、いえいえ、別にあなた方を猿だとは言っておりません。ただ、力によって植民地を支配し、あまつさえ、植民地人を徴兵したり、物資や食料を強制的に徴発するなど、猿にも等しい、いや、猿にも劣る行為だと言っているだけですよ。はははは」
吉田茂は、チャーチルをやり込めることが、だんだん楽しくなってきていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます