第189話 チャーチル vs 吉田茂(2)

 会談の要請から2日後


 イギリスからはチャーチル首相をはじめ、外務大臣と三軍の大臣が、フランスからは自由フランス政府のシャルル・ド・ゴールとその側近が数名、日本からは吉田茂駐英大使と山口多聞少将、それに海軍参謀の数人が参加している。


「しかし、日本軍の力は素晴らしいですな。ドイツ軍3,000機を撃退し、さらに、シャルンホルストとグナイゼナウを撃沈させるなど、神業としか思えません。そこで、是非ともご検討頂きたいのが、貴国の素晴らしいレーダー技術とミサイル技術を我が国に移転してもらう事は出来ないでしょうか?もし、それが難しいようでしたら、貴国の巡洋艦やミサイルの購入をさせて頂く事でも良いですよ。その際は、リバースエンジニアリングしない事をお約束しましょう」


 チャーチルがニタニタとした笑顔で吉田大使に話しかける。その表情を見た山口は、なんとも言えない気味の悪さを覚えた。


「お褒め頂きありがとうございます。我々としても、なんとかファシストと共産主義者を駆逐したいという一念でやってきました。まあ、艦隊の派遣を決定した後に、ソ連がポーランドに侵攻したのは予定外でしたが・・・・。技術移転や武器の売却については本国に打診してみます。ただ、最新技術に関しては、我が国と価値観を共有し、今後の世界平和に責任を持てる国にしか移転しないという方針が示されておりますので、良い返事が出来るかどうかはわかりませんが」


 吉田茂もチャーチルに負けじと、いやらしい笑顔で返答する。


「価値観を共有し、世界平和に責任の持てる国ですか?」


 チャーチルは吉田大使に“何を言っているのだ?”という表情を向ける。資本主義と自由主義、そして立憲君主主義という価値観を共有しているではないか。世界平和への責任など、いままでイギリスが担ってきた事だ。そんな事を極東の小国に言われたくはない。


「吉田大使。我が国は世界平和に責任を持ってきたと自負しておりますが、なにかご不満がおありですかな?」


 チャーチルは精一杯笑顔を作りながら吉田に問いかける。しかし、その笑顔は、山口多聞から見ると、本当に気色の悪い表情だった。


「そうですな。本国から一つ確かめて欲しいと指示されている事があるんですよ。なぜ、ドイツと同じようにポーランドに侵攻し、さらにフィンランドにも侵攻したソ連に対して、宣戦布告をされなかったのですかな?」


 吉田大使は、英仏にとって一番聞いて欲しくないところを突いてきた。その質問を受けて、チャーチルとド・ゴールの表情がこわばる。


 確かに、ソ連のポーランドとフィンランドへの侵攻に対して宣戦布告をしないのは、ダブルスタンダードだという批判は国内にもある。反共主義者のチャーチルは、本音は共産主義者など、一人残らず血祭りに上げてやりたいのだが、現実的にはドイツとソ連の両方を相手にする事など不可能だ。それに、地政学的にドイツは近いがソ連は遠い。外交には建前と本音というものがある。ドイツに宣戦布告をしたのも、ポーランドを助けたいわけじゃ無い。これ以上のドイツの増長を許す事が出来ないだけだ。イギリスにとって、ドイツとソ連のどちらがより脅威かなど、子供でも解るだろうに。


 しかし、日本はそんな事もわからないのか?これだから極東の小国は外交的な高い地位を得る事が出来ないのだ。


「いや、まあ、それは・・・ソ連の主張する、ドイツからソ連の国土を守るためにというのも一理ありますからな」


「おや、そうですか?我が国の情報機関によれば、ドイツとソ連は密約を交わして、ポーランドの分割、バルト三国とフィンランドのソ連による支配、そして、ベネルクスとフランス・ノルウェーのドイツによる支配をお互いに認めていると報告が上がってきておりますが、まさか、貴国のMI6はそれをご存じないのですか?ソ連と宥和政策を取る貴国を見て、貴国はこの密約を認めているのでは無いかと危惧していたのですよ」


 チャーチルとド・ゴールの顔が引きつる。確かに、MI6からその報告は来ている。だが、この情報をフランスは知らないはずだ。これでは、ドイツによるフランス支配をイギリスが認めているように聞こえるではないか。


「チャーチル閣下!それは本当なのですか?」


 ド・ゴールがチャーチルに詰め寄る。その顔は紅潮し、お前も裏ではドイツと手を握っていたのかと言わんばかりだ。


「い、いやいやド・ゴール将軍。その情報は申し訳ないが我が国は知らない。それに、英国がフランスを見捨てるような事はないですぞ。それに吉田大使、その密約とやらは本当の事なのですかな?」


 吉田茂は、チャーチルのこの反応を見て、“狸め”と思う。まあ、この状況なら、そう答えるしかあるまい。


「おや、ご存じありませんでしたか?イギリスは、裏ではフランスを見捨ててドイツと講和をするのでは無いかとひやひやしていたのですよ。その密約を知らないのであれば、ソ連の言い分にまんまと騙されてソ連に宣戦布告をしないのも、100歩譲って理解が出来ますかな。まあ、それはそれとして、武器の供与以前に、貴国と共同作戦をする条件として、日本政府としては以下の事を要請する事になりました」


 そう言って、いくつかの項目が箇条書きになった紙をチャーチルとド・ゴールに渡す。


 二人はその紙に書かれている内容を見て、みるみる顔が紅潮してきた。特にチャーチルの表情からは、あからさまな嫌悪と怒りが見て取れる。


「吉田大使。これは何かの冗談ですか?こんな事が受け入れられると本気でお考えですか?」


 チャーチルは吉田と日本の真意を計りかねる。


「いえ、冗談などではありませんよ。これは、我が国として絶対に譲れない項目です」


 チャーチルとド・ゴールは、その要請書を他の閣僚達に渡して読ませる。そして、それを読んだ者は一様に顔をしかめ、あからさまに不快な表情に変わる。

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