第186話 バトル・オブ・ブリテン(12)
8発の巡航ミサイルが北海の洋上を飛行する。航続距離を稼ぐため、第一弾エンジンはターボファンエンジンが搭載され、そして、ミサイルにしては大型の翼を広げている。
雲霞(うんか)のごとく押し寄せていたドイツ軍機は、やっと諦めて退却してくれた。山口艦隊の周りには、空を飛ぶものは一つも見えない。ついさっきまで、多くの兵の命を燃やした激戦が繰り広げられていたとは思えない静寂を取り戻していた。
「撃墜されたパイロットの捜索を開始する。大淀・仁淀・酒匂・能代・阿賀野・名取はヘリを発進させた後、現場海域へ向かえ。127mmと35mmの残弾はまだ大丈夫だな?」
6機撃墜された九九式艦上戦闘機パイロットの捜索へ向かう。射出座席の発射が確認できているので、生存している可能性が高い。洋上に出るパイロットは戦闘服の下に防寒ドライスーツを着込む事になってはいるが、11月の北海の水は冷たいので、出来るだけ早く救助をしてやりたいと山口は思う。
また同時に、周辺海域で生存しているドイツ軍パイロットの収容も急がせる。ドライスーツを着ていない人間にとって、11月の海は過酷だ。生存期待時間は1時間から長くて3時間ほどだろう。一刻の猶予も無かった。
救出に向かった大淀・仁淀・酒匂・能代・阿賀野の軽巡洋艦は、宇宙軍の設計によって新造された巡洋艦だ。※名取は新造ではなく、近代改修をしている。
全長143m、基準排水量4,600トンで、海上自衛隊の「もがみ型」に酷似した姿を持つ。この時代の艦船からすれば“異質”以外の何物でも無い。
舷側や艦橋は全て“平面”で構成されており、前方に127mm単装砲が1基と、艦橋の後ろに35mm連装対空機関砲が1基見える。それ以外は、丸いドームがいくつかとアンテナが数本あるだけだ。
初めて見る者にとって、これを巡洋艦と認識するのは困難だろう。少なくとも、この時代に類似した船は全く存在しないのだから。
「山口少将。改めて見ると、日本軍の大淀型巡洋艦はすごい姿をしていますね」
東の方向へ進路を取っている大淀型巡洋艦5隻を見ながら、ジョンソン大佐が山口少将に問いかける。
「そうですね。私も初めて見たときには驚きましたよ。全く軍艦という感じはしませんからね」
「あれは、レーダーに見つかりにくくする工夫ですね。レーダーの進歩を見据えての新造艦ですか。さすが、先見の明がおありだ」
大淀型の姿がレーダー対策である事は、特に公開はしていない。それなのに、ジョンソン大佐はそれを見抜いているというのはさすがだった。
これは日本艦隊が到着したとき、イギリス軍のレーダーに大淀型だけほとんど反応が無かった為、調査をしていたのだ。他の艦よりも、見るからにレーダー反射面積が大きそうなのにもかかわらず、ほとんど反応が無かった。
レーダー員は最初故障かと思ったが、いくらチェックをしても問題は無く他の艦は普通に反応があるので、大淀型の方に秘密があるはずだと考えて、その理由を検討した。そして、その平面によってレーダー波を別方向に反射していることがわかったのだ。
「さすがジョンソン大佐ですね。そこまで調査をされていましたか。日本は科学技術こそ、これからの国防に最も必要な事と考え、それを磨いてきたのですよ。事実、今回の戦闘でそれが実証されましたね」
ジョンソン大佐はまったくその通りだと思った。戦闘機100機足らずと20隻の巡洋艦で、どうして3,100機もの航空機を撃退できるだろう。自らの常識に照らし合わせたなら、その答えは“否”だ。
しかし、山口艦隊はそれをやってのけたのだ。損害は戦闘機の6機のみ。しかも6機ともパイロットは脱出をしているという。ドイツ軍3,100機を退けるのに、日本軍は一人の戦死者も出していない可能性がある。
科学技術の重要性については、イギリスでも十分に認識をし、レーダーや近接信管の開発に力を入れている。しかし、日本の科学技術の進歩は、イギリスのそれを遥かに凌駕していた。どうやったら、こんな事が出来たのだろう?あまりにも現在の技術と隔絶されている。もしかすると、この技術は別の世界からもたらされたものなのでは無いか?そんな考えが頭をよぎる。
“別の世界・・・・”
そんな事を思いながら艦隊に指示を出している山口少将を見ていると、ジョンソンはえもいわれぬ恐怖に囚われてしまった。顔面は青ざめ、足がガタガタと震え始める。
ジョンソンには、山口をはじめとした日本軍人達が、同じ人間では無いのではという疑念が芽生えていた。ドイツ軍を撃退した武器も、大淀型のあの姿も、この時代の人間が思いつく事など出来ないのでは無いか?そういえば、"The War of the Worlds"という小説で火星人が地球に攻めて来るという戦争が描かれていた。もしかするとこの山口少将も、中身はあの“タコ”のような火星人で、大淀型巡洋艦は偽装した火星の宇宙船なのでは無いかという妄想に囚われる。
「ん?どうかされましたか、ジョンソン大佐。体調が優れないようでしたら、医務室で横になってはいかがでしょう?もう戦闘も終わった事ですし」
「ヒィッ!」
ジョンソン大佐は、あまりの恐怖に悲鳴を上げてしまい、山口の顔を見ながらガタガタと震えている。
「ど、どうされましたか?」
山口や艦橋にいる軍人達が心配そうにジョンソンを見ている。
「あ、いえ、その、これだけの大戦果を目の当たりにして、自分がドイツ兵の立場だったらと想像してしまい、恐ろしくなったのです」
ジョンソンは頭を振り、そんなSFのような事はあり得ないと思い直す。それに、あのカズミ・アマノがタコのような宇宙人などとはどうしても思えなかった。
「そうですね。私もドイツ兵には同情しますよ。これだけ一方的に、そう、大虐殺と言って良い戦闘になるとは、彼らも思っていなかったでしょう」
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