第187話 バトル・オブ・ブリテン(13)
シャルンホルストの艦橋では、艦長のチェーザーが西の空を双眼鏡で見ている。しかし、予想戦域はここから400km近く離れているので、当然何も見えるはずは無い。
「状況が全くわからないというのは本当に辛いな。欧州大戦以前は、無線も無くこんな状態で戦争をしていたなど、想像もできんよ」
チェーザー艦長は副長に話しかける。
「そうですな。しかし、3,100機もの航空機による一斉攻撃ですから、無線が使えなくとも十分な戦果を上げていると思いますよ」
ドーーン!
そんな事を話していると、シャルンホルストの左舷から突然水柱が上がり、激しい衝撃と振動に襲われた。
「な、何が起こった!」
「左舷で爆発です!魚雷攻撃の可能性があります!」
ドーーン!ドーーン!ドーーン!
さらに3回、激しい爆発が発生する。いずれも左舷からだ。
「さらに被雷!」
「被害を報告しろ!それと、付近に敵潜水艦がいるぞ!駆逐艦を向かわせろ!」
ドーーン!
そして、700mほど前方にいたグナイゼナウからも爆発と水柱が上がる。
「グナイゼナウも雷撃を受けたようです!」
「くそっ!なんてこったぁ!」
発生した爆発は合計8回。4回がシャルンホルストの左舷で、4回がグナイゼナウの左舷で発生した。この状況から、間違いなく敵潜水艦は艦隊の左舷方向に居ると思われた。
「第二次攻撃があるかも知れん!全艦回避行動!雷跡を見落とすな!」
チェーザーは艦隊に指示を出す。駆逐艦数隻が艦隊の左舷方向に急行するのが見えた。そして、自艦からは激しく黒煙が噴き出している。どうやら舷側装甲が撃ち抜かれて、内部で火災が発生しているようだ。
「艦長!敵の魚雷は左舷喫水線付近に4発命中しています!1番から6番ボイラーに激しく海水が流れ込んでおり、水蒸気爆発の可能性があります!」
「なんだと!ボイラーが爆発したら艦が持たんぞ!何としても浸水を食い止めろ!」
シャルンホルストのボイラーの温度は350度以上、圧力も30気圧ある。流れ込んだ海水がこのボイラーの温度で水蒸気爆発を起こし、さらにボイラー本体をも破壊して内部の圧力が解放されたらひとたまりも無い。
日本から潜水艦が来ているという情報は無い。それならば、おそらくイギリスの潜水艦だろう。しかし、シャルンホルストとグナイゼナウの周りでは、数十隻の巡洋艦や駆逐艦、それに小型の舟艇多数が取り囲むように航行していた。それにも関わらず、戦艦にだけ確実に4本を命中させるなど信じられない。そんなにも接近を許したというのだろうか?
「艦長!Z24駆逐艦からです!先ほどの攻撃は、ロケット弾の可能性あり!爆発の直前、Z24のすぐ横をすさまじい速度で“何か”が飛行していたようです!」
「ロケット攻撃だと!?」
チェーザーは考える。日本軍が対空ロケットを実用化しているという情報は得ている。それならば、対艦ロケットを実用化していてもおかしくは無い。だが、レーダーには何も移っていなかったはずだ。航空機から発射されるとしても、レーダーの探知距離より遠くから発射したというのか?
「レーダー手!敵の航空機は映っていなかったのか!?」
「はい、艦長!ノイズが多いのですが、航空機の反応はありませんでした!それは間違いありません!」
一体どういうことだ?それでは、やはりレーダーの探知距離外から撃って来たという事なのだろか?
「とにかく浸水を食い止めろ!何としても轟沈だけは避けるんだ!」
――――
船体中央部左舷にある1番から6番ボイラー付近では、水兵による必死の防水作業が行われていた。大きく開いた破口に鉄板を当てて、それを木の棒で押さえようとしている。しかし、浸水の勢いはすさまじく、止める事は不可能に思えた。ボイラー室も既に130cmほどの水深になっていて、思うように作業が出来ない。しかも、先ほどからボイラー基部よりすさまじい水蒸気が吹き上がっている。
「くそっ!無理だ!このままじゃ、ボイラーが爆発する!」
と、その時、後ろにあった2番ボイラーの配管が破れ、激しい水蒸気が噴き出した。今まで海水が沸騰した水蒸気とはレベルの違う、温度350度の水蒸気によってボイラー室は一瞬で満たされてしまった。そこで作業をしていた数十人の水兵は、その水蒸気によって焼け死んでしまう。さらに、ボイラーの燃焼室に水が流れ込み、そこで水蒸気爆発を起こしてしまった。
――――
ドッゴーーーン!
「うおおぉぉぉぉ!」
激しい爆発によって、艦橋にいたチェーザー達は転げてしまう。幸い、それによって怪我をした者は居ないようだった。みな立ち上がり、何が起こったか確認をする。
伝声管からは、各部署から助けを求める悲鳴が殺到していた。
艦橋の窓から外を見ると、艦の至る所から水蒸気を噴き出している。ボイラーは連鎖的に爆発を起こし、艦内はすさまじい温度と圧力の水蒸気によって満たされようとしていたのだ。
「何が起こっているんだ!正確に報告しろ!」
しかし、艦内は高温の水蒸気から逃げ惑う兵士達で混乱を極めていた。生身の人間が、300度以上の水蒸気に立ち向かえるはずなど無いのだ。被害の確認とその修復のため、艦内を水兵達が走り回っていたので、防御扉の密閉がおろそかになっていた事も、被害を拡大させてしまった。
そして、破口から海水がどんどん流入してきており、艦の傾きも15度ほどになってしまう。
「艦長!ボイラーが爆発した模様です。12基ある全てのボイラーがやられ、エンジンも停止しました。もはや、出来る事はありません。艦長、ご決断を」
副長がもはや出来る手立ては無いと、退艦命令を出して欲しいと告げている。チェーザーもその状況は理解していた。
「くっ・・・退艦命令だ・・・、全員退艦!」
チェーザーは断腸の思いで退艦命令を発する。
そして、シャルンホルストとグナイゼナウは転覆し、大爆発を起こして轟沈していった。
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