第178話 バトル・オブ・ブリテン(4)

「こちら雲雀(哨戒機のコールサイン)、敵編隊まで距離90km。空対空ミサイル全弾発射」


 4機の艦上哨戒機は、担当の戦闘機隊にミサイル発射の指示を出す。


 九九式艦上戦闘機の翼下に取り付けられた4本の中距離空対空ミサイルは、そのロケットモーターに点火しシュパシュパと前方の空に向かって加速していった。目標は高度3,000mから5,000mのドイツ爆撃機だ。


 九九式艦上戦闘機にはミサイルの照準機能は無い。哨戒機が目標を定め、指示に従って発射をするだけだ。なので、ミサイルの運用をする際は、必ず哨戒機とのセットとなる。


 哨戒機の機首に備えられたフェイズドアレイレーダーによって、最大128の敵機を同時に識別し、中距離空対空ミサイルに対して目標を割り振ることが出来る。


 そして、C4Iシステムによって同時運用する他の哨戒機と目標が被らないようにできる優れものだ。


「目標は前方の爆撃機隊だ!上空の戦闘機には注意を怠るなよ!」


 我々がドイツ爆撃機隊に攻撃を開始したなら、上空にいるBf109戦闘機隊が襲ってくるだろう。Bf109の急降下速度は800km/hにも達するので、十分に注意しなければならない。


 ――――


 Ju87とHe111の爆撃機隊は離陸し、高度4,000m程度で北を目指す。日本艦隊までの予測距離はあと90kmほどだ。


 He111はドイツ軍の双発爆撃機だ。爆装をしていると、最高速度も360kmほどしか出せないので、なんともゆっくりに感じてしまう。しかし、今日は1,000機以上のBf109の護衛が付いているので、敵艦載機相手なら大丈夫だろう。あとは英国本土からスピットファイアがどれくらい上がってくるかだが、スピットファイアが到着する前に日本艦隊に爆弾を落として帰投すればいい。


「日本艦隊まであと90kmほどだ。気づかれたとしたら、そろそろ敵艦載機が見えてくるはずだ。監視を厳にしろ」


 機長が機首の銃手に指示を出す。銃手は双眼鏡で前方の空域を凝視しているが、イギリス方面の空は少し霞がかかっているようで、はっきりと見えるのは60kmくらいが限界のようだ。


「何か見えます!噴射炎・・航空機?では無いようです!翼がありません!おそらくロケット弾です!」


「よし!よく見つけたぞ!全機回避行動を取れ!」


 操縦ハンドルを少し手前に引きながら右に傾ける。あらかじめ指示のあった通りの回避行動だ。


「復唱はどうした!」


 無線機で他の機に伝えたが、僚機からは返事が帰ってこない。無線機からはノイズの音だけがしていた。


「くそ!これが電波妨害か!」


 ブリーフィングで電波妨害の可能性が指摘されていたが、いざ実際に無線が使えないとこんなにも不便な物なのかと改めて思う。


 しかし、他の僚機達も前方のロケットに気づいてそれぞれ回避行動を取っている。やはり。我がルフトバッフェの練度は高い。


 そんな事を思っていると、双眼鏡で前方を見ていた銃手が大声を上げた。


「ロ、ロケットはまっすぐこちらに向かっています!すごいスピードです!あっあっ!」


 ロケット発見の報からまだ30秒ほどしか経っていない。発見時は肉眼では見えないほど遠かったはずだ。それがたった30秒で到達するなど、いったいどんな速度で飛翔しているというのだ。とてもではないが、ドイツ軍兵士にとってこのロケット兵器は理解の範疇に収まるものでは無かった。


 ドーン!


 九九式艦上戦闘機から放たれたミサイルは、真正面からHe111に命中した。その弾頭に仕込まれている高性能爆薬は、持てるエネルギーの全てをHe111にたたきつけた。


 爆発に包まれたHe111は胴体から主翼が引きちぎれ、主翼に内蔵されていた燃料タンクから大量のガソリンが放出されそれに引火する。霧状になったガソリンは一瞬で爆燃し、直径100mにも及ぶ火球となった。


 ――――


「なんだ!?敵の攻撃か!?」


 爆撃機隊の上空を飛んでいたシェルマン少尉の目に、次々に爆発を起こす爆撃機隊の姿が入ってきた。


 しかし、敵機の姿は見えない。おそらく、ブリーフィングにあったロケット弾による攻撃だろう。


「くそっ!ロケット弾攻撃じゃ、救援に向かっても意味は無いか。敵機はどこだ!」


 シェルマン少尉は爆撃機隊の前方を見るが敵機は見えない。よく見ると、ものすごいスピードでロケット弾が飛んできているのがわかった。


「あれが例のロケット弾か!なんて速さだ!」


 そしてそのロケット弾は、ことごとく爆撃機に命中している。見る限り、一発のハズレも無いようだった。とてもではないが、あんな速度で迫ってくるロケットを躱すことなど出来ない。シェルマン少尉は、敵のロケット弾がこっちに飛んでこなくて良かったと、心底思った。


 ――――


「緊急事態!敵に襲われている!至急救援を頼む!」


 爆撃機隊は、悲鳴のような声を出して、友軍戦闘機の救援を要請した。しかし、無線の向こうからは、ノイズだけが無情に返ってくる。


 爆撃機隊のフィッシャー中尉は、次々に爆発していく僚機を見て恐慌状態に陥っていた。救援を要請しても無線は通じない。僚機は皆回避運動を行っているが、そんなことはお構いなしに敵のロケットは命中している。


「いったいどうなっているんだ!何が起こっているんだよ!」


 敵の姿も全く見えていないのに、味方機は一方的にやられている。このままでは、何も出来ないまま全滅させられてしまう。銃手達もロケットをなんとか撃ち落とそうと銃撃をしているが、そもそも肉眼ではほとんど見えず、見えたとしても信じられないようなスピードの細長いロケットに当たるはずもない。


 操縦桿を握ったままガタガタと震えていると、味方機の爆発が突然に止まった。後方には墜落しつつある機体が多数あるが、新たな被害は出ていないようだ。


「こ、攻撃が終わったのか?」


 ブリーフィングでは、日本軍のロケット弾は数に限りがあると言っていた。連中は弾薬が尽きたのだろうか?もしそうなら、我々にも勝機はある。だが、先ほどの攻撃で、爆撃機隊はおそらく200機以上が撃墜されてしまった。もしかすると、もっと被害は大きいかも知れない。


 しかし、生き残った爆撃機は日本艦隊に向けて進軍している。無線が使えないので、撤退命令が出ているかどうかはわからない。しかし、3,100機の内200機が撃墜されたとしても作戦中止にはならないだろう。


 フィッシャー中尉は恐怖に心が支配されそうになるが、なんとか精神を保つことが出来た。まだまだ友軍には戦力が残っている。敵はロケット弾を撃ち尽くしたはずだ。次はおそらく戦闘機での襲撃が来るだろう。それなら、ルフトバッフェには1,000機以上のBf109がある。


 フィッシャー中尉は心を落ち着かせる。我々はまだ戦えるのだ。

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