第179話 バトル・オブ・ブリテン(5)

 爆撃機護衛の任に付いていたBf109戦闘機のシェルマン少尉は、下方で火だるまになっていく友軍爆撃機を、ただ見ていることしか出来なかった。


「くそっ!敵はどこから撃ってきてるんだ!」


 ロケット弾の来た方向はわかった。しかし、どんなに目をこらしても敵機を発見することが出来ない。イギリス方面は霞がかかっているとは言え60kmくらいは見渡せている。ということは、日本軍はそれよりも遠い距離からロケットを撃って来ているのか?目に見えない距離で発射をし、そしてそのほとんどを命中させることが出来るというのか?


 日本軍のロケット弾は弾数が少ないとブリーフィングで言っていたが、目に見える範囲で200機以上は撃墜されている。しかも、攻撃が始まってから二分ほどしか経過していない。


※対空誘導ロケットの可能性については、確証が無いのと、例え公開したとしても防ぎようが無いのであれば、不必要に兵の恐怖心を煽るだけなので今のところ非公開とし、命中率の高いロケット弾とのみ伝えている。


「これのどこが少ない弾数なんだよ!」


 ほんの一瞬で200機以上の爆撃機隊が撃墜された。He111には5人が、Ju87には2人が乗っている。そうすると少なくとも500人以上は戦死しているということだ。シェルマン少尉は、これだけの性能差があって本当に勝てるのかと思う。


 しかし、最初の攻撃以降、第二次攻撃はまだ無い。日本軍は弾切れだろうか?もし、まだロケット弾があるとすれば遠慮無く撃ってくるはずだ。攻撃が無いと言うことは、あの高性能ロケット弾を撃ち尽くしたと言うことなのか?


 ロケットを撃ち尽くしたと言うことは、次は必ず制空戦闘機が現れるはずだ。ブリーフィングでは、敵より上の高度をとれば大丈夫と言われたが、この状況を見るとそれも怪しいのでは無いだろうか?そう思いながらシェルマン少尉は前方の空を凝視する。すると、ぽつぽつと黒い点が見えてきた。


「日本軍機だ!」


 無線が通じないので、少し主翼を揺らしてから僚機のコクピットを見る。そして、敵機を発見したという合図を送った。


 僚機からも確認の合図が返ってくる。


 距離はおよそ40kmだ。お互いの速度を考えるとおそらく二分以内には会敵する。Bf109編隊は機銃を数発試射し、弾詰まりの無いことを確認した。


 シェルマン少尉は先陣を切って日本軍機に向かっていく。敵の高度は我々より少し低いようだった。これなら降下速度を加算して、我々が有利に戦える。確実に、一撃離脱を繰り返して敵をすり減らしていけば我々の勝利だ。しかも、確認できる日本軍機は80機ほどしかない。1,000機以上の我々の敵では無い!


「よし!これからが本当の戦闘だ!」


 近づきつつある日本軍機は前方10km付近で急降下を始めた。おそらく高度4,000m付近の爆撃機隊を襲うつもりだろう。シェルマン少尉も、もちろんそれを予測していた。そして、Bf109編隊も日本軍機に向かって急降下を開始する。


 この位置なら確実に敵の後ろに付くことができる。おそらく、空母を守るために爆撃機隊の攻撃を厳命されているのだろう。我々戦闘機にやられる前に、出来るだけ爆撃機を減らすようにと。


 戦闘機の護衛が多数いる状況で、爆撃機に攻撃を仕掛けるのは自殺行為に等しい。常識的な対応なら、まず護衛戦闘機に攻撃を仕掛け、隙を見て爆撃機隊への攻撃だ。しかし、戦闘機隊に目もくれず爆撃機隊を目指したと言うことは、日本の戦闘機隊は全滅覚悟で爆撃機隊と刺し違えるつもりだろう。


 シェルマン少尉は、日本軍人の勇気と覚悟に敬意の念を覚える。しかし、手加減はしない。今日確実に、日本の戦闘機を全滅させ、空母艦隊を撃滅するのだ。


 ――――


「敵爆撃機、293機の撃墜を確認。残り爆撃機は約1,700機、戦闘機は1,000機以上。敵戦闘機隊は高度9,000m、爆撃機隊は高度3,500mから5,500mだ。」


 空母からの無線が入る。約300機を撃墜できたが、まだ2,700機以上残っている。


「こちら平松大尉。敵は合計2,600機じゃ無かったのか?なんか増えてるぞ」


「こちら赤城CDC。本部からの連絡だと2,600だったんだがな。どうやらまだまだ隠れていたらしい」


「ま、2,600も3,000も大した違いはないけどな。これより敵爆撃機隊に攻撃を開始する。支援をしっかり頼むぜ!」


 日本軍戦闘機隊は、前方下方に見える敵爆撃機隊に向けて急降下を始める。まずは、爆撃機隊の前方上空から攻撃だ。


 ドイツ軍の爆撃機の前部銃座はそれほど仰角をとることが出来ない。前方上部からの攻撃をすれば、反撃を受けることは無い。しかし、敵機との相対速度が加わるので、より照準が難しくなる。


「行くぜ、野郎ども!ここで勝負をつけてやる!やってやるぜ!」


 平松大尉が無線で叫んで突入を開始した。同時に芝大尉の大隊も突入を開始する。九九式艦上戦闘機はみるみるスピードを上げていき、すぐに制限速度の960km/hに達した。しかし、全機まだ加速を止めない。コクピットには速度超過の警告音が鳴っているが、そんなものは無視だ。操縦桿からは、主翼の振動が激しくなってきたことが伝わる。だが、まだ行ける!九九式艦上戦闘機87機は、990km/hという速度で敵爆撃機隊に襲いかかった。


 ――――


「くそっ!何て速度だ!」


 日本軍機に続いて急降下を開始したシェルマン少尉は叫ぶ。スロットルは全開だ。プロペラピッチも最大速度限界まで上げている。それなのに日本軍機との距離はどんどんと開いていく。エンジンは既に過回転(オーバーレブ)領域に入っていて、主翼からは今まで経験したことが無いような振動が伝わってくる。これではいつ空中分解してもおかしく無い。


「くっ!これでは爆撃機隊が・・・」


 シェルマン少尉は己の無力さに下唇を噛む。Bf109のレビ照準器のレチクルの向こうに日本軍機が見える。しかし、距離は1,000mもある。今機銃を発射しても、命中を期待することは出来ない。少なくとも400m以内に近づかなければ、機銃はほぼ当たらないのだ。


 日本軍機は信じられないほどの高速で、爆撃機隊の中を下方に抜けていく。そして、少し遅れて30機ほどの爆撃機が火を噴いた。そのほとんどはHe111やJu88、Do17といった双発爆撃機だ。おそらく日本軍機は、鈍重で狙いやすい双発爆撃機から仕留めにかかったのだろう。火を噴いていない爆撃機も、かなりの数が被弾したようだ。


 爆撃前に被弾してしまえば、例え撃墜を免れたとしても作戦行動は継続できない。被弾した爆撃機は回頭して基地に戻っていく。


 下方に抜けた日本軍機は、速度をそのままに急上昇へと転じる。そして再度上をとってから攻撃をかけるつもりらしい。


「させるか!」


 シェルマン少尉達も急上昇へ転じる。現地点は日本軍機より1,500mほど高度が高い。この高度で上昇に転じたなら、必ず日本軍機の内側に入り後ろに付くことができる。このBf109も急降下によって800km/hもの速度が出ているのだ。必ず有利な位置をとることができる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る