第177話 バトル・オブ・ブリテン(3)
Bf109戦闘機隊は離陸後上昇を開始し、高度9,000mを目指す。作戦指示では11,000mまで上昇しろということだったが、燃料満タンでその高度まで上がることなど出来ない。燃料も弾薬も積んでいない状態でやっと11,000mの実用上昇限度を達成できるのだ。
「カタログスペックなんか飾りなんだよ。お偉いさんにはそれが解らないんだろうな・・」
シェルマン少尉は、それでも僚機と共に9,000mを目指して上昇する。そして、その他の飛行場から離陸してきた機体も見えてきた。
出撃前のブリーフィングの内容は驚くことばかりだった。
作戦参加機数は3,100機におよぶ。現在フランス方面に展開する航空機の約半分もの大戦力が、日本の空母2隻に襲いかかろうというのだ。
おそらく、空母2隻に搭載できる戦闘機は多くても100機ほどだろう。それに対してBf109戦闘機が1,000機以上だ。ここまでする必要があるのかとも思ったが、ダンケルクで大損害を出しているらしいので、どうしても日本艦隊を葬りたいんだろう。
しかし、ダンケルクで300機以上の味方機が撃墜されたというのはどうにも信じられなかった。ある程度の損害が出たことは噂で知っていたが、今回のブリーフィングで初めて300機以上が撃墜されたと聞いた。しかも、その多くが日本軍のロケット弾によるものらしい。
そのロケットは音速を超える速度で向かってくるそうだが、よく見ていれば発見できるとのことだった。そして、発見したならすぐに回避行動を取るように指示をされた。ダンケルクでは、不意を突かれたので損害が多くなったということだ。
また、日本軍の戦闘機はかなりの速度が出ると説明があった。ダンケルクでは上空から攻撃をかけられて、一方的にBf109が撃墜されたと言うことだが、今回は9,000mの高度で進撃するので、日本軍機に遅れをとることはない。
敵の兵器など、知っていればいかようにも防げる。我々は栄えあるルフトバッフェ(ドイツ語で空軍)なのだ。恐れる物など何もない。
――――
「山口少将。2,600機ものドイツ軍機が向かってきているのは本当ですか?」
空母赤城の艦橋で、観戦武官のジョンソン大佐が不安そうに尋ねる。
「はい、ジョンソン大佐。ドイツ軍は全力で我が艦隊を葬りに来ています。戦闘機隊である程度防ぐことが出来るとは思いますが、それでも多数がこの艦隊までたどり着くでしょう。もしかすると被弾するかも知れません。ライフジャケットとヘルメットを着用して下さい」
山口をはじめ空母赤城の艦橋要員もライフジャケットとヘルメットを着用していた。イギリス海軍では、空母の艦橋でライフジャケットやヘルメットを被ることなど無い。ましてや、司令官や艦長がライフジャケットを率先して着用したなら、それは士気の低下を招くように思えた。
しかし、日本軍人は士気の低下など微塵も感じさせていなかった。常識的には2,600機もの大編隊に襲われたら、無傷で生き残ることなどあり得ない。巨大な空母とは言え直撃弾を喰らえばただではすまないのだ。多くの兵が戦死するのでは無いかとジョンソンには思えたが、そんな悲壮感は全く無く、自らの職務に集中している。
翼下に4本の空対空ミサイルを搭載した九九式艦上戦闘機が、次々に発艦していく。甲板では、黄色や緑、赤といった派手なジャケットを着た甲板要員が忙しく指示を出していた。
――――
「戦闘機隊は対空ミサイルを発射した後、敵戦闘機の後ろにいる爆撃機隊を出来るだけ叩いてくれ。敵戦闘機には目もくれるな!弾を撃ち尽くしたらケンブリッジかエイムズ・ベリーの空軍基地に行け。間違っても艦隊の方に戻ってくるなよ!」
空母赤城と加賀のCDC(戦闘指揮所)から戦闘機隊に指示が飛ぶ。九九式艦上戦闘機にはIFF(敵味方識別装置)が付いているが、完全というわけでは無い。誤射の危険があるため、機銃を撃ち尽くしたら大きく迂回してイギリス本土の空港に着陸するように指示を出す。
「こちら赤城航空隊平松大尉、了解した。覚悟完了だ!」
「加賀航空隊芝大尉、こっちも了解だ」
平松大尉と芝大尉は覚悟を決める。いや、今までももちろんそうだったが、今回の戦闘は明らかに敵が多すぎる。ここで我々が負けるわけにはいかない。無辜の民の明日のため、このドーバーを血の大河に変えたとしても、そして、自分たちが平和への礎となろうとも、一歩も引くことは出来ないのだ。
「野郎ども!わかってるな!今日は男の花道だ!一人当たり10機は撃墜しろよ!敵は2,000機以上だ!撃てば当たるぜ!」
平松大尉が部下達に檄を飛ばす。
「隊長。10機撃墜にはミサイルの4機は入ってるんですか?」
「バカヤロー!機銃だけだ!テメーら!気を抜くんじゃねーぞ!着艦するまでが遠足だ!」
87機の九九式艦上戦闘機が一機当たり14機撃墜できたら、それだけで1,218機だ。ちょっと信じられないような機数だが、俺たちなら出来るんじゃないかと皆思う。
隊員達の脳内には、アドレナリンがガンガンに分泌されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます