第173話 観戦武官(1)
「初めまして、山口少将。イギリス海軍技術大佐のジョンソンです」
「初めまして、ジョンソン大佐。ようこそ。歓迎致します」
空母赤城の飛行甲板で二人は挨拶を交わす。イギリスからは、観戦武官としてジョンソン大佐が送り込まれてきた。
ジョンソン大佐は、日本海軍の空母が来ることを知ったその日から、なんとしても観戦武官として乗り込みたいと上申していた。そして、それが叶ったのだ。
7年前、黒海で経験した衝撃は忘れられない。今でも瞼を閉じれば、マザーファッカーと罵るカズミ・アマノの・・じゃない、ソ連軍機を次々に撃ち落としたロシア軍駆逐艦の姿が目に浮かぶ。
その駆逐艦からレーダー連動射撃のヒントを得たジョンソンは、すぐさま本国に帰り開発を始めた。
そして、1936年には探知距離150kmのレーダー開発に成功する。現在、AMES Type 1/Type2と呼ばれる警戒レーダーは、イギリス沿岸に40機が設置され、24時間の防空体制が取られている。
さらに、探知距離は100kmと短くなるが、艦艇搭載型の小型レーダーも昨年から実用化されていた。
また、射撃統制レーダーを開発するために、高周波を出すことの出来るエーコン管やマグネトロンも開発した。そして、距離や相対速度を瞬時に計算するためのアナログコンピューターの開発にも成功する。イギリス軍は、その持てる科学力を全て投入して開発をし、ついにレーダー統制射撃システムの実用化に成功したのだ。
ただ、レーダーの精度や砲安定装置の性能が十分ではなく、7年前に黒海で見たような100発百中とまでは至っていない。
それでも、20mm機関砲を4門搭載した対空機関砲を開発し、距離2,000mでの撃破率を30%程度にまでする事ができた。
これは、向かってくる敵機10機の内、3機を撃ち落とせるということだ。この時代の対空砲としては、脅威の命中率といって良い。
※戦艦大和の最後の戦いとなった坊ノ岬沖海戦では、襲ってきたアメリカ軍機377機の内、対空砲によって撃墜できたのはわずか13機であった。
この機関砲は、順次駆逐艦や軽巡から搭載が始まっている。しかし、現時点に於いてまだ四隻しか搭載しておらず、その内一隻は、ダンケルクの戦いにおいてUボートの魚雷で撃沈されてしまった。
最新鋭兵器の損失を恐れたイギリス海軍は、この艦の出撃を禁止してしまう。
“戦力を小出しにするのでは無く、通常駆逐艦と艦隊を組んで出せばよかったのだ”
ジョンソンは、せっかくの新兵器を有効に活用できないイギリス軍に、忸怩たる思いをしていた。
そして今日、日本海軍の艦艇に乗り込み、英国の技術がどれほどまで日本に近づくことが出来たか確認できる。
ジョンソンは胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。
――――
「それでは、艦内をご案内しましょう。まずは、艦橋です」
赤城は艦齢19年になるが、最近近代改装されたらしく、ペンキも塗り立てのようで古さを全く感じない。それに、軍艦の通路という所は基本的には薄暗いものなのだが、この赤城の通路は眩しいくらいに明るかった。
よく見ると、丸い電球が一つも見当たらない。その代わりに20cm×70cmくらいの平たい照明器具が天井に張り付いている。
そして二人は艦橋に入った。
様々な計器が設置してあるのはイギリスの軍艦でも同じだったが、赤城には今まで見たことも無いような物がいくつか設置してある。ジョンソン大佐は興味深くそれを見て観察した。
「これは、海図ですか?」
そこには、40インチくらいの大きいディスプレイがあり、周辺の海図が表示されていた。
イギリス海軍でも、PPI表示方式のレーダーが実用化されており、その円形ディスプレイが設置されている艦がある。しかし、今ここにあるディスプレイはカラー映像で大きさもかなりあるものだった。
「はい、周辺の海図を表示しています。この光点が近辺の船ですね。そして、このトラックボールで表示領域を調整できます」
ジョンソン大佐はそのディスプレイを見て冷や汗を流す。
なんと高精細なレーダー画面だろう。こんな鮮やかな、しかもカラーブラウン管など見たことが無かった。そして、山口少将がトラックボールと呼んだ直径10cmくらいのボールを手で操作すると、瞬時に画面表示の大きさが変わり、テムズ川の河口付近の表示から、ブリテン島の南半分とフランス東北部が表示された。そして、フランス東北部に光点がいくつか見える。
「この光点は、航空機ですか?」
「はい、航空機のようですね。拡大してみましょう」
山口はそう言ってトラックボールを操作し、フランス東北部を拡大表示する。
「小型機が4機で編隊飛行をしていますね。おそらく偵察か何かだと思います」
そのディスプレイには、飛行している航空機の速度や高度が数字で表示されている。イギリス軍のレーダーでも速度や高度を判別出来るが、こんなリアルタイムに表示されることは無い。各種パラメーターを計算し、速度や高度を導き出さなければならないのだ。
山口艦隊が到着して以来、洋上に出てくるドイツ機は全て迎撃していた。全てミサイルで対応すると補給が間に合わないので、脅威度が低いと判断された目標に対しては九九式艦上戦闘機を上がらせている。
その効果もあり、ここしばらくドイツ軍機は陸上から一歩も出ていないのだ。
制空権の維持も、こういった技術があってこそ出来ているのだとジョンソン大佐は認識する。しかし、日本軍の技術はジョンソンの想像を遥かに超えるレベルであることが、容易に想像できてしまった。
「それでは本艦の戦闘指揮所(CDC)をご案内しましょう」
※巡洋艦などの戦闘指揮所はCICと呼ばれるが、空母の戦闘指揮所はCDCと呼ばれる
ジョンソン大佐は、もう嫌な予感しかしていなかった。
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