第170話 艦娘たち

 山口艦隊(第一空母打撃群)に少し遅れて、戦艦長門・陸奥・金剛・霧島・榛名がイギリスに到着した。そして、イギリス海軍によって新しい名前が与えられた。


 長門 → アドミラル・ヤマグチ

 陸奥 → アドミラル・トーゴー

 金剛 → プリンセス・オブ・ダイヤモンド

 霧島 → プリンセス・オブ・エメラルド

 榛名 → プリンセス・オブ・サファイア


 ※イギリスにはアドミラル級戦艦がかつて存在したが、この時点では全て退役しているので新たにアドミラルの名称が与えられた。

 ※金剛はダイアモンドの意味


 “長門”とは“山口”の旧国名だと知ったイギリス国王ジョージ6世が、是非とも山口多聞の名前を頂きたいと申し出たのだ。そして、“トーゴー”はもちろん“東郷平八郎”からだ。


「金剛は26年ぶりの里帰りですな。しかし、送り出したときと随分姿が変わりましたな」


 イギリス首相のチャーチルが山口多聞に話しかける。


「はい。1928年と1935年近代化改装をしております。艦齢は26歳になりますが、今でも十分に戦えます。それに、彼女(金剛)も艦隊決戦を欲していると思います。故国のお役に立てることを誇りに思っていることでしょう」


 ※船の代名詞は“she”。英語圏に於いて船は女性。


「いやぁ、日本の協力には本当に感謝しますよ。しかし、これだけの戦艦を廃艦にするとは、日本も大胆な事をしますな。やはり、噂の10万トン空母のせいですか?世界一の海洋国家はやることが違いますな」


 チャーチルは嫌みなのか天然なのか、判断に苦しむような事を言ってくる。


「いえ、これらの戦艦を廃艦にするのは断腸の思いでしたが、新型空母5隻に必要な人員が30,000名を超えるので、日本の国力では戦艦の維持が出来ないのです。お恥ずかしい限りですが・・・。それに、我が国は攻撃では無く防衛に力を入れることにしたのです。その為の空母艦隊なのですよ」


 山口は、少し恥ずかしそうに返答する。


 この当時、“戦艦”は特別な意味を持つ。駆逐艦や巡洋艦を蹴散らし、航空攻撃でも撃沈は出来ない。ひとたび主砲が火を噴いたなら、沿岸の街を灰燼に帰すことが出来る。戦艦を倒すことが出来るのは戦艦だけ。21世紀の戦略核に匹敵するくらいのインパクトがあるのだ。


 日本はその戦略兵器を捨てて、防衛力に全振りしたという。チャーチルは眉根を寄せるが、実際にそうしているのだからまんざら嘘とも思えない。


「そうですか。いずれにしても、ドイツの侵略を防ぐために協力していきましょう」


 各戦艦はリバプールとバローに回航され、そこで英軍仕様への小改修が行われることになった。


<宇宙軍本部>


1939年11月5日


 宇宙軍本部にて、戦況確認と今後の方針確認会議が開かれていた。


 現在、陸軍第一方面軍(シベリア攻略軍)は、イルクーツクの手前70kmにあるクルトゥクまで進軍することが出来ている。


 本来は9月中にイルクーツク占領を目指していたが、シベリア鉄道を大規模に破壊されてしまったため、計画に遅延が発生していたのだ。


「シベリア鉄道の修復は完了したよ。ソ連の爆撃機による妨害は、想定の範囲かな。ほとんど被害は出てないね」


 森川中佐が報告する。


「しかし、あそこまで徹底的に線路を破壊するとは思ってなかったな。油断してたよ」


 高城蒼龍にとっても、ソ連軍がレールの下に丈夫な鉄骨を差し込んで、それを3連結した機関車で引っ張りながら線路を破壊することは想定外だった。


 偵察機によって、モグゾンのソ連軍部隊が線路を破壊しながら西進している事を確認した為、すぐにソ連軍部隊を排除し、線路の破壊を止めることが出来たが、それでも300kmに渡って破壊されてしまった。


 所々爆弾によって破壊されることは想定していたので、それを修復できるだけの枕木とレールは準備していた。しかし、破壊された距離が想定を大幅に上回っている。


 シベリアの土地はほとんどが泥濘湿地と森林で、線路以外の場所はとてもではないが車両は進めない。また、この当時は道も整備されていない。鉄道が無ければ、機甲部隊は進軍できないのだ。


 300kmもの線路を引き直そうとすれば、どんなに工兵部隊を投入したとしても半年はかかってしまうだろう。これでは、冬までにイルクーツク攻略は不可能だ。


 そこで、“既に引いてあるレール”を剥がして持ってくることにした。


 開戦直後にウラジオストクを無力化し封鎖しているので、ウラジオストク近郊からルジノ駅間の約400kmのレールを20mごとに切断し、枕木ごと貨車に乗せ運んできた。


 貨車一台につき200m分(20mを10セット)のレールを積むことができたので、1編成40両で8km分のレールを運べる。これなら延べ40編成あれば十分に修復できる。


 そして、シベリア鉄道の修復は順調に進み、10月下旬には修復を終えることが出来た。


「イルクーツク攻略はうまく行きそうか?」


「かなりのソ連軍戦力が集結しているけど、まあ、なんとかなるだろ。今のところ、こちらから積極的な攻勢には出ていないが、バイカリスクの滑走路が使えるようになれば、航空戦力で一気にたたきつぶすことが出来る」


「陸軍から支援要請とかは?」


「いや、今のところは何も言ってきてないよ。スケジュールの遅延はあるけど、日本側にはほとんど被害は出てないからね」


 シベリア攻略は陸軍第一方面軍が担当しているので、宇宙軍からとやかく言うことは出来ない。情報提供と支援協力が現状宇宙軍の仕事だ。


「ヨーロッパ方面はどうだ?」


「第一空母打撃群でイギリス近海のUボートは排除できてる。しかし、フランスを救うことは出来なかったのは残念だな」


「艦載機の航続距離じゃ、フランス内陸部までは難しいからね。しかたないよ」


「イギリス軍との共同作戦がどうなるかはまだわからないが、あのチャーチルが何を言ってくるか興味はあるな」


 高城蒼龍は、前世のチャーチルの事をあまり知らない。知っているのは、かなり癖のある人間で腹黒、そして、チャーチルとスターリンの密約で東ヨーロッパの運命が決まってしまったという事くらいだ。


「アメリカの動きはどうだ?」


「アインシュタインがルーズベルトに手紙を送ったことは確認できたよ。でも、まだアメリカ政府の動きは無さそうだ。しかし、リチャード・インベストメントが摘発されてから、アメリカでの諜報活動がやりにくくなってね。情報の量もあまり多くない」


 有馬公爵がすこし悔しそうに報告する。アメリカでは、情報管理がかなり厳しくなっているようだ。


 それでも、アインシュタインがルーズベルトに“核兵器開発”を促す書簡を送ったことは確認できた。史実では、この時点から実際に核開発を開始するまで3年を要している。


 アメリカの動向は注意深く見守らなければならなかった。


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