第169話 バッキンガム宮殿

 日本艦隊の支援により、ダンケルクに追い詰められていた英仏軍40万のほとんどを、イギリスに逃がすことが出来た。また、日本艦隊も英仏兵の輸送に協力をした。


「イギリス陸軍第281派遣旅団ブラックマン大佐であります。この度の、日本艦隊の支援に感謝を致します・・うううぅぅぅ・・・」


 感謝の意を伝えるために、空母赤城の山口多聞司令を訪問していたブラックマン大佐は、感極まって涙を流した。


 意気揚々とフランスに渡ったが、当初のもくろみは全て裏目に出てしまい、敗退に敗退を重ね何とかダンケルクまで逃げることが出来た。その間、部隊の30%の兵を失った。そして、命からがら逃げては来たが、救援の船は撃沈され、航空支援もほとんど受けられず、もう本国からも見捨てられたと皆絶望していたのだ。


 そこに突然飛来した日本軍機は、まさに西部劇に出てくる騎兵隊だった。すさまじい速度で飛来するド派手な日本軍機。次々に撃ち落とされるドイツ機。


 それは、まるで夢を見ているようだった。


 山口多聞は、無言でブラックマン大佐の手を握り、固い握手を交わす。漢(おとこ)に言葉はいらない。同じ強大な敵と戦う戦友同士なのだ。苦しみも困難も分かち合おう。そして、共に戦いドイツ軍を撃破するのだ。


 ブラックマン大佐も、山口の手から伝わってくる熱い思いを理解する。この男となら一緒に戦える。我々を見捨てようとした本国軍よりも、今目の前に居る男の方が信頼できる。二人は強い絆を感じるのであった。


 ――――


 イギリス軍に対して、九九式艦上戦闘機に搭載されているターボプロップエンジン50機と、プロペラが提供された。また、九九式艦上戦闘機の設計図も供与される。


 半導体を使った制御装置やアビオニクスは、極秘事項なので提供はされなかったが、エンジンと設計図があれば、イギリスなら一年以内にはある程度の物が量産できるだろう。


 そして、地味ではあるがプロペラ技術の供与は効果絶大であった。


 当時一般に使用されていた戦闘機のプロペラは、宇宙軍で開発されたプロペラよりかなり効率が低いものだった。特に、プロペラ先端が遷音速付近での推力変換効率は1.3倍も違うのだ。


 これは、同じエンジン馬力でも実推進力は1.3倍になるということだ。このプロペラの採用により、スピットファイアの最高速度は570km/hから630km/hに向上した。


 ――――


 日本艦隊はドーバー海峡の守りに就いた。そして、イギリス近海のUボートを全て駆逐し、制海権と制空権の奪還に成功する。


 しかし、対地攻撃能力は限定的であり、フランスに展開するドイツ軍を撃破することは出来なかった。その間もドイツ軍はフランスでの占領地を拡大していき、支援を失ったフランス軍は次々に降伏していった。


 また、パリの無防備都市宣言を出した10月8日には、イタリアが英仏に宣戦を布告し南フランスへの進軍を開始していた。


 1939年10月30日


 ペタンがフランス首相に就任する。そして同日、ドイツに対して降伏を申し入れた。


 1939年11月3日


 バッキンガム宮殿


「貴官の敢闘により多数の兵士が救われた。ここにその功を称え“レッドライトニング勲章”を授与する」


 バッキンガム宮殿に於いて、叙勲式が執り行われた。少々緊張した面持ちの山口多聞が、ジョージ6世より勲章を授与される。


 この“レッドライトニング勲章”は、日本軍機の奇抜なカラーリングにちなんで新たに創設された勲章だ。ガーター勲章・シッスル勲章に次ぐ勲章とされ、救国の外国軍人に対して贈られる。


 さらに、山口多聞にはイギリスの男爵位が叙爵された。


 山口としては命令に従っただけなので、なんとも気恥ずかしい感じもしたが、日本からは外交儀礼として受け取るようにとの指示があり、今日バッキンガム宮殿に来たという次第だ。


「山口少将。はるばる地球を半周して駆けつけて頂き、誠にありがとうございます。日本艦隊が来ていなかったら、今頃フランスと同じように我がUKも占領されていたかもしれません。危うく亡国の宰相になるところでしたよ。ははは」


 うさんくさそうな男がなれなれしく話しかけてきた。イギリス首相のチャーチルだ。山口はチャーチルに対してほとんど予備知識は無かったが、先の欧州大戦で大敗して海軍大臣を罷免されたことだけ知っていた。


「チャーチル閣下。なんとか間に合ってほっとしております。しかし、フランスの占領を許してしまったことは慚愧に堪えません」


「いやいや。フランスについては致し方ない。我々もフランス軍があんなにも戦わないとは思っていなかった。それに比べて日本軍の勇猛果敢なことこの上ないですな。これからも一緒に戦っていただきたい」


 葉巻こそ咥えていなかったが、裏のありそうな笑顔で握手をしてきた。山口の苦手なタイプの男だった。


 ――――


 そして、晩餐会が開かれる。


 山口は、すぐそこまでドイツ軍が迫っているのに晩餐会をする余裕があるのか?とも思ったが、これは大英帝国としての“見栄”なのだろうと理解する。


「初めまして、山口少将。伯爵のヴィクター・ブルワー・リットンと申します。我が軍の兵士を救出して下さり、感謝の言葉もありません。ダンケルクの戦いでは、まるで鬼神のごときご活躍と聞いております。これからも一緒に戦い、世界に平和を取り戻しましょう」


「いえ、私は天皇陛下のご命令を忠実に実行したまでで、礼を言われるようなことはなにもしておりません。それに、フランスや東ヨーロッパはドイツの支配下にあります。困難が続くと思いますが、一緒に戦っていきましょう」


「ところで山口少将。軍の方からも依頼があったと思いますが、観戦武官受け入れの件、なにとぞご検討頂ければと思います。その際には、優秀な者を派遣させて頂きます」


「はい、その件については本国に照会中です。許可が出ればもちろん歓迎致します」


 そして日本から、空母赤城に限り観戦武官受け入れ許可の連絡が返ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る