第168話 ダンケルク(3)

 遡ること3日


 日本艦隊が地中海に入ってからは、ドイツ軍潜水艦Uボートの熱い歓迎を受け続けていた。日本艦隊が地中海を通ってイギリスに来ることは確実だったので、ドイツ軍は待ち伏せをしていたのだ。


 ドイツ軍は“群狼作戦”と呼ばれる戦術をとっていた。これは、潜水艦が3隻か4隻でチームを作り、敵の進路を予測して待ち伏せ攻撃をするものだ。


 そしてドイツ軍は、53隻もの潜水艦を地中海に潜ませていた。


 ――――


「重巡高雄より入電。前方160kmの海域に潜水艦です。艦数4。音紋登録無し。国籍不明」


 艦隊旗艦の赤城で、山口多聞少将は報告を受ける。


 どうやら、高雄搭載のヘリコプターが潜水艦を発見したようだ。


「100kmまで接近したら、撃沈せよ」


 山口少将は短く指示を出す。


 英仏米と沿岸各国には日本艦隊の進路をあらかじめ通告し、潜水艦を絶対に接近させないように要請してある。日本艦隊に近づく潜水艦があれば、警告為しに撃沈すると。


 進路を公表するとドイツ軍の待ち伏せを受ける可能性はあるが、日本から欧州までの航路は一本しか無く、寄港地の情報から艦隊速度もばれているので今更隠してもあまり意味は無かった。それよりは、無関係な潜水艦が巻き添えになることを避けたかったのだ。万が一、アメリカの潜水艦を撃沈してしまっては、重大な国際問題になりかねない。


 しかし、山口少将には一抹の不安があった。


 日本軍の索敵範囲を悟られないために、“何キロ以内”などの距離は通告していない。ただ“接近するな”とだけなので、艦隊から100kmの距離が“接近”なのかどうかは判断の分かれるところだ。


 もし、100kmなら“接近”ではないと判断したアメリカ潜水艦が居るとまずいとは思うが、とはいえ、国籍不明の潜水艦を100km以内に近づけるのも気持ちの良い物では無い。いちいち浮上させて臨検していては、イギリスへの到着が遅くなってしまう。


「ま、アメリカの潜水艦だとしても、知らぬ存ぜぬで良いか」


 山口多聞は“漢(おとこ)”だった。


「国籍不明潜水艦4隻の撃沈を確認」


「よし、引き続き対潜警戒を厳にせよ」


 日本艦隊は、ローテーションで常に8機のヘリコプターを対潜警戒に当たらせながら進軍している。地中海に入ってから撃沈した潜水艦の数は、既に25隻を数えていた。


1939年10月19日


 ダンケルクから西方630kmのブレスト軍港沖。赤城・加賀を中心とする日本艦隊が東進していた。


「英仏に電文を送れ。これからドイツ軍機に攻撃をかける。英仏の戦闘機は撤退しろとな」


 空母赤城の艦橋からは、次々に発艦していく九九式艦上戦闘機の勇姿が見える。この第一空母打撃群の初陣だ。


 その九九式艦上戦闘機は、眩しいほどの異彩を放っていた。この作戦のために、インド洋上で、新しいカラーリングに塗装したのだ。それは、赤と白のダズル迷彩だ。赤色の稲妻が全身を駆け巡っているような、斬新で前衛的なデザインになっている。


 これは、初めて見る日本軍機に対して、友軍からの誤射を防ぐための対策だ。このカラーリングへの変更は、航空部隊から提案された。九九式艦上戦闘機の性能を持ってすれば、戦場でこの上なく目立ったからといっても問題は無く、哨戒機の支援があれば先に発見されてしまうことも無い。一番怖いのは、友軍からの対空誤射だった。


 そして、九九式艦上戦闘機87機と哨戒機4機が空母赤城と加賀から飛び立っていった。


 今までに無い、全く新しいドクトリンによって編成された世界初の艦隊。この艦隊の運用は、我が日本軍の技術力と練度によって初めて可能となる。


 最高速度800km/hを誇る九九式艦上戦闘機。索敵半径250kmの早期警戒哨戒機。対空射程7,000mで100発100中の127mm砲を搭載した巡洋艦。対潜哨戒ヘリ。ハリネズミのような対空対艦ミサイル。


 まさに最強!まさに無敵!我らは神兵!どんな大軍であろうとも撃退できる自信がある。そして今、窮地に陥っている英仏の友軍40万を救うことができるのは、我が艦隊だけなのだ。


 山口の胸に、熱いものがこみ上げてくる。


「ついに始まるな。草鹿艦長」


「はい、山口司令。武者震いがして来ます」


「わしもだよ。ついに、この第一空母打撃群の初陣だ。ダンケルクでは、300機以上のドイツ軍機が我が物顔で飛行しているそうじゃないか。これを、これから撃滅出来ると思うと血がたぎるよ。我が艦隊の実力、見せてやろうじゃ無いか」


 山口と草鹿は飛び立った戦闘機隊を見送る。


 そして1時間後、赤城・加賀の戦闘機隊87機はドイツ軍機合計461機を撃墜し、味方の損害0という大戦果を記録した。


 ――――


「これはどういうことかね?ゲーリング元帥」


 ベルリンでは、ヒトラーの前でゲーリング空軍元帥が直立不動のまま、額から脂汗を流している。


「はい、総統。おそらく、日本の空母から発艦した艦載機に攻撃されたのだと思います」


「そんな事はわかっている!聞きたいのは何故空母2隻程度の艦載機相手に、500機近い損害を出したかと言うことだ!」


「はい、総統。現在情報が錯綜しており確認中ではありますが、日本軍機は900km/h以上の速度で我が軍に襲いかかったようです。Bf109の最高速度は570km/hなので、これが事実なら太刀打ち出来ません。それに、日本軍は新型のロケット兵器を使っているとの情報があります」


 ヒトラーはBf109の高性能に感動し、Bf109があればこの戦争を勝ち抜けると思っていた。そして、戦争に国家のリソースを集中させるため、Bf109以外の戦闘機開発を原則禁止した経緯がある。また、ダンケルク包囲に関しても、陸上兵力による殲滅を陸軍は主張したが、ヒトラーの意向で陸上兵力の消耗を抑えるために、空軍主体での攻撃に変更していたのだ。


 ヒトラーの判断は、ことごとく裏目に出てしまう。


「ゲーリング元帥。それでは、我が軍のBf109では日本軍に勝てないということかね?それに、そのロケット兵器というのは、そんなにも脅威なのか?」


「はい、総統。現状の航空戦力では太刀打ち出来ません。Bf109をどんなに改良しても、日本軍の戦闘機に追いつくまで、1年はかかります。ロケット兵器については、現在我が軍でも対艦用の誘導ロケットを開発中なのですが、日本はこれを対空用に実用化していると思われます」


「ではゲーリング元帥!我がドイツは日本軍に手も足も出ないと言うことかね?何か対策は無いのか?」


「はい、総統。現在、新型エンジンを搭載した研究機があります。この機なら、1,000km/h以上の速度を出すことができ、日本軍に対抗できると思われます」


「なぜそれを早く言わぬ!その戦闘機の開発に全力を尽くしたまえ!何としても最短で実用化するのだ!」


 対空誘導ロケットの可能性については、確証が無いのと、例え公開したとしても防ぎようが無いのであれば、不必要に兵の恐怖心を煽るだけなので今のところ非公開とした。


 こうして、ドイツはジェット機の開発に全力を挙げることになる。


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