第167話 ダンケルク(2)
「全機、増槽投下」
英仏海峡の上を、九九式艦上戦闘機の編隊が飛行している。赤城航空隊42機、加賀航空隊45機、合計87機もの大編隊だ。そして、その編隊の少し後ろを艦上哨戒機が飛行している。
※九九式艦上戦闘機は十一試戦闘機の海軍制式型。基本性能は陸軍九九式戦闘機と同じ。2,800馬力ターボプロップエンジン搭載で最高速800km/hを誇る。
「こちら雲雀(哨戒機のコールサイン)。前方220kmの空域に敵機を捕捉した。数は380機ほどだ。あと720(秒)で射程距離に入る。対空ミサイル発射の準備をしてくれ」
「こちら赤城航空隊平松大尉、了解した」
「加賀航空隊芝大尉、こっちも了解だ」
九九式艦上戦闘機の翼下には、4本の空対空ミサイルが装備されている。発射された後は、4機の哨戒機から誘導され敵機に向かい、最後はアクティブレーダー誘導に切り替わって敵機に命中する。しかも、哨戒機のコンピューターがミサイルごとに目標を定め、重複して命中することが無いように割り振るのだ。
「・・・・3・2・1・発射!」
九九式艦上戦闘機の翼下から対空ミサイルが発射される。ロケットモーターによってみるみる加速し、その速度はマッハ3、時速なら3,700km/hにも達する。これは、拳銃弾の速度の約3倍だ。このミサイルを、第二次世界大戦当時の航空機の性能で避けることは出来ない。
発射された348発のミサイルは、ドイツ兵の魂を刈り取るために大空を飛ぶ。
発射からたったの1分ほどでミサイルは戦闘空域に到達した。そして、自分自身に割り当てられた敵に向かって突進していく。その命中精度は圧倒的で、次々にドイツ軍機を撃墜していった。
とっさの回避行動をとったドイツ軍機も、近接信管を装備したミサイルから逃れることは出来ない。10m以内で爆発すれば、ほぼ致命傷を与えることが出来るのだ。
そして、九九式艦上戦闘機から発射された悪魔の槍は、321機のドイツ機を地獄に落とした。
――――
「爆撃機隊が総攻撃を受けているらしい!戦闘機隊、応援に向かってくれ!」
ベルギーにあるドイツ空軍基地では怒号が飛び交う。
ダンケルクに展開していた爆撃機隊と戦闘機隊が、敵の総攻撃を受けてかなりの被害を出しているらしい。すぐに150機の戦闘機隊を離陸させる。距離にして50kmほどなので、数分でたどり着ける。それまでなんとか持ちこたえてくれよと思う。
「しかし、護衛の戦闘機も100機以上いたんですよね?それでも大被害を受けてるんですか?」
「さあな。イギリスも最後の賭けにでたのかもな。イギリス本土には500機以上のスピットファイアがあるらしいぞ。もしかしたらその全機で来たのかも知れんな」
離陸してすぐ、ダンケルクで攻撃任務に当たっていた爆撃機隊とすれ違う。被弾している機は無さそうだが、それにしても数が少ない。
「隊長!前方上空に機影です!」
前方から近づいてくる機体が見える。数は80機ほどだろうか。上を取られるのはまずいが、こちらは150機以上いる。なんとかなる。
「全機に告ぐ。前方上空に敵機だ。あっちの方が高度はかなり高い。注意してかかれ」
――――
「前方下方に敵機を確認。これより全機、攻撃に入る」
赤城・加賀から発艦した九九式艦上戦闘機は、それぞれの中隊に分かれて攻撃に入る。敵はBf109の150機編隊だ。
九九式艦上戦闘機は機体をクルッとロールさせ、背面飛行から急降下に入る。ほぼ垂直に急降下する九九式艦上戦闘機はみるみる加速し、制限速度の960km/h近くにも達する。
この急降下からの攻撃は、ひたすらに訓練したパターンだ。それこそ、500回以上は繰り返し訓練した。そして急降下からの引き起こしは、9Gもの加速度がかかる。まさに、血反吐を吐く訓練だった。
しかし、赤城・加賀の航空兵達はその訓練に耐えた。そして、その攻撃を完全にマスターしたのだ。
敵機が水平に飛行しているとすれば、相対速度はほぼ900km/hにもなる。その敵機に弾を当てる事など、常識では考えられない。だが、彼らはそれに当てることが出来るまでに、己の技量を磨きに磨き抜いた。それはまさに神業と言っても過言では無い。これだけの技量を持ったパイロットは、世界中のどこにも居ないと自信を持って言えるのだ。
照準器のレチクルの真ん中にドイツ軍Bf109を捉え、機銃の発射ボタンを一瞬だけ押し込む。発射された弾丸は、敵機の前方に向かって飛翔し、そして命中した。
それはまるで、曳光弾の光りに誘惑された昆虫のように、Bf109が自ら当たりに行ったように見える、不思議な光景だった。
――――
「何だ!あの機体は!」
ドイツ軍機の上空から飛来した飛行機は、急降下して襲ってくる。それもすさまじい速度だ。そして、友軍機が次々と火だるまになっていくのが見える。
自機の近くを敵機が下方に抜けていった後、“ドン”という衝撃波が伝わってきた。そして、その機体を目で追っていると、海面すれすれで急上昇に転じ、ほとんど速度を落とすこと無く我々の遥か上空まで上昇する。そして反転急降下をして、再度襲ってくる。
※マッハを超えなくても、時速950kmくらいから弱い衝撃波が発生し始める
「やられた!火が出てる!助けてくれ!」
「どこだ!どこに行ったんだ!くそっ!」
「だめだ!追いつけない!」
ドイツ軍戦闘機隊はパニックに陥った。
敵機はあまりにも速い。しかも射撃も正確だ。ちりぢりになって逃げ惑うが、上空から狙われて一機、また一機と撃墜されてしまう。当時の戦闘機としては最速の570km/hを誇るBf109が、まるで鷹に狙われたひ弱な小鳥のようだった。
最初の一撃で40機程度がやられた。そして二撃目で30機くらいが撃墜されている。逃げ惑う友軍機は、次々に撃墜されつつあった。
たったの数分で、ドイツ軍の精鋭である我々が70機も撃墜されるなど、いったいどうして信じられるだろう。しかし、これは夢では無い。現実に起こっていることだ。
「こちら第13航空隊!だめだ!相手が速すぎる!もう半分近く撃墜された!撤退の許可を求む!」
大隊長のマイネッケ少佐は基地に対して撤退の許可を求めた。
「マイネッケ少佐。何を言っている。出撃してまだ10分だぞ。頭は大丈夫か?」
「ああ!おかしくなりそうだ!敵機は900km/h以上の速度で襲ってくる!信じられないくらい射撃も正確だ!しかも、なんだ!あのふざけた機体は!無理だ!あんな・・・」
そして通信は途切れた。
――――
ダンケルクの街からその壮絶で一方的な戦闘、いや、一方的な虐殺を見ていた英仏の兵士達は歓声を上げた。
正直、いまでも何が起こったのかわからない。西の空からロケットが飛翔し、300機ものドイツ軍機を撃墜した。そしてその10分後、増援に来たと思われるドイツ軍機を、見たことも無い飛行機が次々に撃墜していったのだ。
どこの飛行機かはわからないが、ドイツ軍を撃墜するのだから味方だろう。皆、その飛行機に向かって手を振る。しかし、その飛行機は、英仏の兵士にはあまりにも異様に見えた。
――――
「応援に来た日本軍機が着陸を求めています」
アシュフォード近くに作られた、イギリス空軍の基地に日本軍機が着陸を求めてきた。
「本部から連絡は来ている。着陸を許可する」
そして、日本軍機が次々に着陸してきた。
「あ、あれが日本軍機?」
しかし、何という機体だ。イギリス軍兵士達が外に出て、その戦闘機を見つめている。その姿はあまりにも異様。何故こんな姿にした?どうしてこうなった?
着陸した九九式艦上戦闘機は、赤と白のダズル迷彩で全面塗装されていた。それは、まるで赤い稲妻を機体全体に描いたような、戦場ではあまりにも目立ちすぎる奇怪なカラーリングだった。
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